32話 三橋のお見舞い
「レン君大丈夫?!」
花井君とタカヤ君、そして孝ちゃんと私の四人でレン君の家にお見舞いにくると、 顔色が悪くふらついたレン君が玄関を開けた。
悠君の今日の朝、期末が返ってきたという言葉に、レン君がふらりと倒れる。 赤点はなかったということに、胸をなで下ろすも床に手をつく。
「ごめん。孝ちゃん、これ持ってて」
「え」
来る途中のコンビニで買った袋を孝ちゃんに押しつけ、私はレン君に視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「大丈夫?」
「う、ん…あ、ありがと…。カレー、いっぱいあるよ」
そういってふらりと立とうとするレン君の手を引き留め、私は顔を近付けてこつんとレン君に額をつける。
「!!」
「「なっ…!」」
「うーん。ちょっと熱いかなぁ。孝ちゃん、その袋から冷却シート…って、なに?」
花井君以外の三人が驚いたように目を見開き、皆が私に詰め寄る。
「ええー!なにそれ!三橋いいなー!」
「な、なに考えてんだ!お前は!!」
「なにって、熱計っただけだけど…」
「いくら相手が三橋でもちょっとは距離感を考えろよ!」
「でも孝ちゃんとも昔よくやったじゃない。それに昨日は孝ちゃんが…」
「ば、馬鹿!!」
「むー!」
言い終わる前に孝ちゃんに手で口を塞がれる。
「へぇ…」
「昨日ってなに?」
対象が変わったように孝ちゃんに詰め寄るタカヤ君と悠君に花井君が呆れたように、 「おい、お前ら。いい加減にしろよ」と声を掛ける。
「なんもしてねぇよ!お前も誤解されるようなこと言うんじゃねぇ!」
「(事実だと思うんだけど。むしろ昨日だって、孝ちゃんの方からしてきたのに…)」
拗ねる私に気付いたのか、深く息を吐いた後で孝ちゃんはビニール袋の中から冷却シートの箱を取り出し、「ほら」と言って箱の中から取りだした一枚を私に渡す。 ピタリとレン君の額に貼り付けると吃驚したようにレン君が肩を揺らす。
「動くなら、つけといた方がいいよ。あと食欲はある?」
「う、うん。あ、ありがと!」
「あはは!どういたしまして」
ふらつくレン君の体を軽く私が支えながら立ち上がると、リビングの方へと足を進める。
「三橋、起きてから体重計乗ったか?」
「のっ!」
「カレー食う前に測ってこいよ」
そういうタカヤ君に従うように、体重計に乗りに行くレン君。
「俺、かきまぜよう!」といって悠君がカレーの鍋を左手でかき混ぜる。
それに気付いた孝ちゃんが、「右手いてーの?」と尋ねる。どうやら最後の打席でグリップをずらしながら打った時に捻ったようだ。
「混ぜるの変わる。湿布しとけよ。、持ってたよな」
「うん。あるよ。包帯も。あとで学校戻ったら貼ってあげるね」
「まじで?!やったー!」
「すげーな。、いつも持ち歩いてんのか?」
「えへへ、マネージャーだからね。昔から部活以外でもよく聞かれるから少しだけど持ち歩くようにしてるの」
花井君とそんな話をしていると、戻ってきたレン君が青い顔で悠君に尋ねる。
「サイゴ…決定打…?」
「そうそう。ありゃあ、メチャクチャ気持ちかったー!」
楽しそうに話す悠君とレン君に近づき、タカヤ君が「三橋、何キロだった?」と尋ねる。
どうやら、それが三キロも減っていたとのことでタカヤ君の声が大きく響いた。
「もういいんじゃね?」
「そうだな」
「ご飯よそってあげる」
「サンキュー!!!」
後ろでレン君を攻めるタカヤ君の声が響くのにも、もはや慣れたように私達はカレーの準備を進めていく。
「三橋、皿どれー?」と尋ねる孝ちゃんの声で、レン君はタカヤ君からようやく解放されたようにお皿を取り出す。
「そうだ。三橋、これうちの親から三橋の親へ」
花井君は思い出したように紙袋から、昨日の高校野球のニュースを録画したものと今朝の新聞を取り出す。
どうやら県外からきて存在を知らなかったレン君に持ってきてくれたらしい。
「見ながら食おうぜ」
気付けばテーブルの上には、大盛りのカレーやらお弁当でいっぱいになっている。
「うまそう!」といういつものかけ声で皆が一斉にすごい勢いで食べ始めた。 高校野球のニュースで榛名さんの名前があがり、シードで順当だというタカヤ君に対して、 うちも勝ったというレン君の言葉で皆が勝利を噛みしめる。
そんな何気ない会話をしてご飯を食べていると自然となぜ西浦に決めたのかという話題に変わっていく。
「三橋はなんで西浦にしたの?」
悠君の何気ない質問にレン君が答える。
「お、お母さんの学校、だから、だよ!」
「へー!おばさん西浦出身なのか!」
「そいで、自転車、と、制服」
「ん!交通費と制服代ナシはうちも言われた」
レン君曰く、家にお金が無くて無料で通える三星か西浦だけだったという。
「評定×だったから、俺、すっごい勉強した!」
「「(三橋が勉強…!よっぽど三星を出たかったんだな…!)」」
そんなレン君の会話で思い出したようにタカヤ君が悠君に尋ねる。
「田島は?」
「俺?近いから!」
「チャリ通圏内にも誘いきた高校あったんじゃねぇの?金だって、授業料免除とかさ」
「いやー、それが河川敷で練習してたら、うちのひいじい倒れてね」
「「…ひいじい、ちゃん?」」
練習が終わって携帯の留守電を聞いて、慌てて電話しても家族全員が病院に行っていて繋がらず、 家に帰っても誰もいなくて相当怖かったらしい。
「親戚も皆、病院行ってたんだぜ!しかもメシ食って帰ってきたの十時!俺のこと忘れてだって!大家族も考えもんだよ!」
ひいじいちゃんは今でも元気だが、他にもおじいさんやおばあさんが居て、西浦に居たら家に救急車が来てもすぐに分かるから三年間は安心だ、という理由らしい。
「でもやっぱ西浦でよかったかな。に会えたしな!」
「「(相変わらずすっげーストレート…!)」」
「私も悠君に会えて嬉しい!」
悠君の言葉に私が笑顔でそう答えると、隣に居た孝ちゃんやタカヤ君が頭を抱えながら深く息を吐いた。
そんな二人を見て、花井君が「あー…そういえばさ」といいながら私の方を見る。
「そういうは?」
「へ?」
「なんで西浦選んだかと思って。俺は単にレベルと通いやすさで決めたからさ」
花井君に話題を振られ、「うーん…」と私は過去の自分を思い出してみると恥ずかしさが増し、頬に熱が集まる。
「いや、なんで赤くなるんだよ」
「あ、あはは。だって私、ついてきただけだから」
「ついてきた…?」
「高校野球は一番楽しみだったんだ」
「でも別にうちじゃなくてもマネージャー募集してる野球部なんて何処でも…」
「そうなんだけど」
が続きを言う前に、「余計なことを言うな」と言いた気な孝ちゃんが、こっそり肘で私を軽く突いた。
「(だって他の学校で孝ちゃんの野球みえなくなるの嫌だったんだもん。平日なら絶対試合見に行けないし…)」
心の中でそんなことを思いながら孝ちゃんを見ると、話を逸らすように孝ちゃんが口を開く。
「俺はグラウンド見てから決めたよ」
「あー、俺も」
孝ちゃんの言葉に賛同するようにいうタカヤ君に、花井君が少し拗ねるように言う。
「まじで?なんだよー」
「阿部は春休みも栄口と来てたんだろ?」
「春休みは俺が誘ってな。下見は一人だよ」
「中学からの友達じゃないのか?」
孝ちゃんがタカヤ君に間髪いれずに質問を続ける。まるで皆の関心をタカヤ君に逸らそうとしてるかのようだ。
「シニアで顔は知ってたけど、クラス一緒になったことねぇんだよ。受験の日にはじめてちゃんと喋った」
「篠岡は?」
「は?なに?」
「何じゃねぇよ」
「中学一緒だろ」
「…え?ちがう…あれ?…あ。そういや受験の時、同じ集団に居た気がすんな!」
孝ちゃんと花井君の言葉に思い出したように、タカヤ君はポンと手をつく。
「ひでーな。お前…」
「え、でも家の方向違うくね?あの人、下りの電車じゃん」
「家、引っ越したって!」
「今はお母さんの実家に住んでるんだよ」
悠君の言葉に補足するように私がそう言うと、興味がなさそうに「へえ」とタカヤ君がいう。
「ちょっとは興味持たないと嫌われちゃうよ」
「馬鹿馬鹿しい。別にいいよ」
「もう…。でもせっかく中学一緒なんだったら、もっと話してみるとか」
「めんどくせー。俺に泉みたいなこと求めんなよ」
「普通のことだよ!それに孝ちゃんには私が一方的に話してるからいいの」
「ね」と同意を求めるように私が孝ちゃんに笑いかけると、「知るか。話に俺を巻き込むな」と返される。
「でもいつもちゃんと聞いてくれるの」
「しょうもねぇ…」
「そうだ!タカヤ君も聞き手に回ればいいんだよ!タカヤ君が質問して相手の話を聞く!そしたら自然と千代ちゃんとも会話増えるよ!よし、まず私で練習してみよう!」
「いや、篠岡と仲良くなっても仕方ねぇだろ。つか別に悪くねぇし」
そんなタカヤ君と話していると、孝ちゃんが呆れるようにため息をつく。
「おい、。そもそもお前、阿部の性格考えてから言ってやれよ」
「え…?あ。無理かな?」
「100%無理だ」
「はぁ?それくらいできるっつの」
そもそも阿部がそんなことができるなら、三橋とのコミュニケーションの取り方も悩んだりしてないだろと泉は心の中で思う。
「まぁ、確かに女って話聞いてやれば喜ぶもんな。そう思うと幼馴染みが泉だからも普段から一緒に居れるんだろうな」
「だって。孝ちゃん」
「いや、普通だ。普通」
「でもそういう花井君も得意そうだよね。話聞くのとか慣れてそう」
「そうか?」
「うん。すっごく」
楽しげに話す花井とを前に、阿部は「お前らは俺をなんだと思ってんだよ…」と小さく呟く。
「ってかもう余計なこというな」
とグリグリとは泉に頭を強引に押さえつけられる。
「痛い痛い!」と言うを他所に、 テレビの声に反応するように花井が「あ。三橋!テレビ聞いてみ!」と言ってテレビを指さした。
テレビのアナウンスで西浦高校の名前があがると、レン君の名前が呼ばれる。
「お!三橋名前よばれた!」
「!!」
悠君の声にビクリと肩を揺らすと、レン君が下を向いて震え出す。
「あ。泣いた」
「ええ?!」
その声で、パッと孝ちゃんが私から手を離し、花井君も慌てたようにレン君に詰め寄る。
すると突如、床に手をついて私達に頭を下げる。
「昨日は、か、勝手して、スミマセンでした!!」
突然のレン君の謝罪に皆が思わず首をかしげた。
「かって?」
「先に、帰ったこと?」
「あ、べ…君に、かわれって、言われても、俺…」
「あー、あれは嘘だよ」
タカヤ君の言葉にホッとしたのか、ゆっくりと誤解を解いていくように会話を進める二人がだんだんいつもの調子に戻っていく。
「メール…昨日の…」
「あれは、昨日ダウンしねぇで帰ったからどうしたかと思って…つか、メール見てんじゃねぇか!なんで俺には返信してこねぇんだよ!!」
「お、おこ、られるとおもっ、て…!」
「おこってねーよ!!」
すっかりいつもの調子になったタカヤ君とレン君に、クスクスと私が笑う。
気付けば、体が重いというレン君と一緒に悠君がお医者さんに行くことになり、 「よかったね」と私が隣でその様子を見ていた孝ちゃんに言うと照れたように頭を掻いて、「三橋!」と声を掛ける。
「昨日の反省会のノート。コピー貰ったから、見てみ」
「あ、う…」
皆からレン君を褒め称える総評にレン君は照れたように肩を揺らす。それをみた孝ちゃんが息を吐いてレン君に言う。
「昨日の試合なら、こんなの普通だぞ。だれも特別いい人なわけでもねぇっての」
「お、おお。そう。俺たちは普通だよ」
話がまとまったところで、「はい!じゃあ、皆でアイス食べよう!皆の分も買ったから!」と私が声を掛けると「食う!」という元気な悠君の声が響いた。