33話 幼馴染の延長戦
三橋の家から皆で学校へ戻ろうと近くに停車させていた自転車の鍵を開けている時、 が泉に小さく声を掛ける。
「孝ちゃん」
「どうした?」
「寄り道して帰っちゃだめ?」
の言葉にピタリと自転車の鍵を開けている手を止める。
「どこか行きたいとこでもあるのか?」
「そ、そうじゃないんだけど」
何か言いたげなが少し照れた表情で泉を見る。
「孝ちゃん、学校戻ったらまた色んな人に声かけられちゃうだろうし…だから…」
「だから?」
「じ、時間もあるから、もうちょっとだけ私と一緒にいて欲しいなって…えっと、近くの公園とかでいいから…」
泉がガシッとの肩を掴む。
「ちょっと待ってろ!」
「え?」
がすべてを言い終わる前にそう言うと泉は花井達の方に走る。
「悪い。先戻ってくんねぇ?」と声を掛ける泉に花井が振り返る。
「え。どうした?」
「が買い出しあるっていうからさ。付き合う」
「俺らも付き合おうか?」
「いいよ。ホームセンターだから遠回りだしな」
「そうか?」と心配そうな花井と「じゃあ、俺もいく!」と言い出した田島に対して「そんなに付き添いいらねぇよ」と平然と返す。 「先いってる」と阿部が言うと、花井と田島も「あ!待てよ!」と阿部を追いかけるように自転車で走り出す。
「(…顔見りゃ、なんとなく分かるようになってきたな)」
何も言わなかったが、泉の後ろでが少し赤い表情をしていたのでなんとなく何かあったということには阿部自身、気づいていた。
本音を言えば、邪魔してやってもよかったのだが…どうも自分は困ったような彼女の表情に弱いと悟った。
「(なんでこう…っ!)」
考えれば考えるほど、腹が立ってくる。
これが誰かに惚れるということなのだとしたら、とてつもなく厄介な代物の気がする。
「あー!くっそ!」
「「?!」」
自転車を漕いでいると、突然響いた大きな阿部の声に田島と花井が驚いたように肩を揺らした。
「公園でいいのか?」
「う、うん。なんかごめん。孝ちゃんに嘘つかせちゃったね…」
「いいよ。別に。こんな嘘ならいくらでもついてやるよ」
「孝ちゃん…ありがとう」
公園に自転車を停めて、ベンチに腰掛けるに泉が近づき、 「ほら」と傍の自販機で買ったが好きな苺ミルクの缶ジュースを差し出すと嬉しそうに受け取る。
「でもいいのか?期待しちまうぞ」
「え?」
「お前が俺を好きだって期待しそうになるって言ってんだよ」
少し照れた表情でいう泉に、は目を見開く。 も赤く染まる頬を隠すように下を向き、小さく頷く。
「…大好き」
微かに聞こえた言葉との反応に釣られるように泉の頬にも熱が籠る。
「あ。で、でも、まだ頭の中がごちゃごちゃしてるというか…最近、自覚したばかりというか…って私何言ってるのかな?!」
真っ赤な顔で困惑したようにワタワタと手を動かしながら話すの右手を泉が掴む。
「落ち着け」
「孝ちゃん…」
「焦らせるつもりはねぇよ」
「え?」
「いくらでも待ってやるから」
「でも、私…孝ちゃんが…!」
「分かってる」
「本当…?」
「ん。お前分かりやすいしな」
「あはは…バレてた?」
「まぁ、確証はなかったけど。でも俺も頑張った甲斐あったな」
いつものように冗談めかした口調でケラケラと笑いながらもどこか嬉しそうにする泉に対して、 照れたような表情を見せている。
そんな様子のに泉が口角を釣り上げる。
「待ってやるけど、お前の気持ち知ったからには、もう手加減してやんねぇぞ」
「え。手加減…してたの?!」
「あれで?!」というにムッとしたような表情をしながら泉は腕を組む。
「してたんだよ!それもかなり!」
「だ、だって…」
ベンチに座ると向き合うように立つと泉は、 缶ジュースを握りしめているの手を封じるように 自身の左手をの手の上に乗せる。
「あ…」
「もし嫌なら言えよ」
そういうと泉は一気にとの距離を詰めて唇に口付けた。
「!!」
塞がれた唇から熱が伝わってくる。不意打ちの二回目のキスは、一回目の時よりもドキドキした。 これが好きだという証拠なのだとしたら、どうにかなってしまうかもしれないとは密かに思う。
「もう一度キスする時は、ちゃんとお前に俺が好きだって言わせてから…って決めてたんだよ」
ゆっくりとの体を離してそう言った泉にの体の熱が増す。
感情が溢れ出る。は赤い顔をしながらも泉を見上げる。
「孝ちゃん!私、ずっと孝ちゃんが好きだよ!幼馴染として言ってるんじゃないよ!」
「あー!わかった!わかった!つか、それ以上言うな。結構ギリギリなんだよ…」
「ぎり、ぎり…?」
「っ!」
が首をかしげて見ると、 なぜか泉が照れたようにから目を逸らす。
「これ以上手出したら意味ねぇだろうが」
そういう泉を少しよく分からないといったようにが見つめていると、 泉は照れくさそうに頭を掻いた後、真っ直ぐにの方を見る。
「…お前、まだ混乱してるからな。今は言わねぇぞ」
「え?」
「でも今度ちゃんと言ってやるよ。その時は返事聞かせろ」
「…今度?」
拍子抜けしたようなに対して、 いつもの得意げな笑みを浮かべてを見る。
「幼馴染みの延長戦にはしたくないって言ったろ。だから、ちゃんと言う」
「で、でも孝ちゃんはそれでいいの?それまでは幼馴染みのままなんだよ?」
「そもそも待つって言っちまったしな。だから俺が言うまでにはお前のそのごちゃごちゃした頭の中整理しとけ」
まだ混乱しているの思考を読んだように泉はそう言い、 の頭に手を乗せ、ぐしゃぐしゃと髪を撫でる。
「(やっぱり押し切って、彼女になって欲しいと言えばよかったか?)」という気持ちは泉の中ではあるものの、 どんな関係でも、少しでもの気持ちが自分に向いているのなら、それでいい。
「お前の気持ちはちゃんと分かってるって。すげぇ嬉しい」
「孝ちゃん…ありがとう」
自覚したばかりで、まだ全部自分の気持ちを受け止めきれていないのもを見ていれば分かる。
だけどの特別な相手は自分だ。それに何度だって好きだという覚悟はとっくにある…。
焦るなよ…と自身に言い聞かせるように、息を吐いて泉はに手を差し出す。
素直に泉の手を受け取って、がベンチから立ち上がった。 「ちょっと照れちゃうね」といいながら笑うの頬に泉が軽くキスを落とす。
「手加減はしねぇって言ったろ」
「!孝ちゃん…。私、孝ちゃんのこと好きなんだよ…そんなことされるともっと好きになっちゃうよ…」
「させようとしてるんだよ。つか、やべぇな。お前見てたら俺まで戻りたくなくなってきちまった」
「でも田島のやつ、戻らねぇとうるさそうだしな」という泉に一瞬きょとんとしてしまうも、 いつもと変わらない泉でなにかほっとしたように、はクスリと笑う。
「そうだね」
「そろそろ戻るか」
「うん!」
いつものように嬉しそうに泉の腕に抱きついたに、泉も思わず口元が緩む。
「私、孝ちゃん大好きだなぁ」
「…知ってる」
泉は少し照れながらもそう言い放ち、の手に指を絡めた。 幼馴染みの延長戦…。
だけどそれを終わらせるには、まだひとつ足らない。