34話 球技大会二日目①
「きゃー!田島君ー!」
聞こえてくる女の子達の応援の声が響いている。 今日は球技大会の二日目。サッカーの試合に出ている、三橋や田島、そして泉の姿をも楽しそうに離れたところで見ていた。
「よっしゃー!やったぞ!三橋!」
流石の運動神経。野球だけでなく、サッカーの試合でも田島はスーパースターらしい。
「泉の奴、あんまやる気ねぇな」
「孝ちゃんはそうかも」
一緒に試合を見ながらそういう浜田にもクスクスと笑う。
そんなをチラリと浜田が横目で見て、「あー…」と少し言いづらそうに口を開く。
「あのさ、」
「なに?ハマちゃん」
「今日、やけに機嫌いいな」
「あはは、うん。機嫌いいかも。すっごく」
「…なんかあったのか?」
「うーん。言うと怒られそうな気がするから内緒」
「(えー…。すっげー気になる…!!)」
今朝から…いや、昨日の夕方あたりからどこか泉との様子がなんとなく違うということには気付いていた。
だから「言うと怒られる」とが言っている相手もおそらく泉のことだろう。
「(まぁ、上手くいってんならいいんだけどさ…。でもおかげでさっきから、すっげー視線なんだよなぁ…)」
この前の試合から視線を集めているのは選手だけではなかった。 試合で活躍した四番…そして、野球部のメンバーが出ていることも有り、注目が集まっている試合なだけに、 それを一緒に野球部の応援団をしていた自分と一緒に見ている野球部もマネージャーであるにも自然と皆が目がいくのだろう。 当の本人であるは全く気付いていないようだが…。
昨日の朝は少し機嫌が悪かったようだが、今日はやけに機嫌がいいだけに、見知らぬ人でも話しかけやすい雰囲気をまとっているらしい。
「あれって、野球部もマネージャーの子?」
「え?そうだっけ?もうすこし髪短くなかった?」
「二人いるんだよ。ちゃんと見たのあの試合の時くらいだったけど、結構かわいい。話かけていいかな?」
「でも、隣にいるの応援団の人だろ。話してるみたいだし、邪魔しちゃ悪いんじゃねぇの?」
聞こえてくる声に浜田は息をついた。今は隣に自分がいるから誰も話しかけくる様子はないが…。
「(こりゃ今日は一人にすると、すぐ声かけられそうだな…)」
最低でもこの試合の間は居座るしかないなと思い、の横で大きく寛ぎながら浜田も応援の声を上げた。
「、なんか良いことあったのかな?」
試合が終わり、野球部のメンバーで昼食を食べていた際に発した田島の言葉に首をかしげる三橋を余所に、 ピタリと動き止まった泉に、浜田がちらりと見た。
「いい、こと?」
「三橋もそう思わねぇ?だって今日、めっちゃ可愛いじゃん。まぁ、いつも可愛いんけど…。なんかいつもよりニコニコしてる」
「お、おー」とどこかわくわくとした表情で田島と話をする三橋を余所に、 「へー」と言いつつ、軽く目を逸らしてジュースを飲み干している泉。
いつもならの話題になると、話を逸らさせるか、否定するか…のはずなのに、 今日は何も言わない泉に、浜田は確信したようににやにやとした表情で泉をみる。
「なんだよ。浜田」
「いやぁ、どうやって機嫌とったのかと思ってさ」
「…なんにもしてねぇよ。いつもあんな感じだろ」
どうやら言う気は一切無いらしい。 あまりつつくと、殴られそうだ。と思った浜田は、話題を変えるように田島に言う。
「そういえば、田島、すげーな。サッカーもできんのか」
「え?サッカーは冬にするよ」
そんな会話をしていると、廊下から視線を感じた田島が篠岡がこちらを見ていることに気付く。
「おー!篠岡!」
声を掛けた途端、篠岡の後ろに居た二人が逃げるように去っていく。
その姿を見た途端、「あ、あはは。またあとでね」と手を振り、その影を追いかけて立ち去る。
「なんか、後ろに二人くっついてたな」
「あそ?に用事だったとか?」
「わかんねぇけど、一応知らせとくか」
「って今、外で食べてんだっけ?」
「おー。クラスの女子達と一緒に食うって言ってたな」
お弁当を食べながら、携帯を片手にへメッセージを打つ泉を見て浜田が思い出したように口を開く。
「あのさ、あと一つ二つ勝つと新聞が取材つくかもね」
一年だけの部員十人で桐青に勝ったのだから、取材もくるだろう。 という浜田に、皆が「へー」と声を上げる。
「そしたら写真誰でっかな?俺かな?三橋かな?」
「普通に花井じゃねぇか?」
「いやいや、監督でしょ。俺が記者ならまず"あんた何者だ"って聞く!つか聞いて欲しい!あのノックの腕はどこで磨いたんだよ!」
きょとんとする三人に対して、浜田が「気になんねぇの?!年とかは?じゃあ、下の名前は?」と前のめりになり声をあげる。
「モモエ!」
「そりゃ名字だろ!そうじゃなくて…って、あ。取材対象といえば、とかもそうなんのか」
「なんで?」
「記者が放っておかないだろ。女子のマネージャーってだけで記事にすれば華がある上に、の他に篠岡も居るだろ。監督も女だし。写真にすると見栄えがいい」
「…試合見に行くの何時だっけ?」
「1時に裏門」
「着替えっから50分に起きるか」
浜田の話を切るように、それぞれ机に伏せて寝始めた三人に浜田が「えー…」と少し残念そうに声を上げる。
「(普通、この流れだと何カップとかの話にもさー…。って、そっか。だから切られたんだ。まぁ、新聞とかがあの監督をそういう扱いしてると嫌か)」
だからといって、自分たちが好きな女の子にあたる人物の話を皆でそういう方向に広げるのも嫌だったんだろう。
と浜田は思い「(…ごめんね)」と心の中で呟いた。
の機嫌のよさの理由はただひとつだった。
「サッカーの時もすっごく恰好よかったよね」
「うん!声掛けちゃおうかな」
恐らく田島のことだろう。廊下から聞こえてくる女の子たちの声にがにいう。
「今日も人気ねー。野球部」
「そうだね」
「昨日は不機嫌さ全開だったのに、どうしたの?泉君となんかあった?」
「そうなの。今朝ね、振り払われなかったんだ」
「…はい?」
「孝ちゃんに抱きついても振り払われなかったの。あとね…」
は少し頬を赤く染め、 何かを言いたそうにするも「やっぱりなんでもない」と笑顔で返す。
「ちょっと気になるんだけど。なにがあったのよ」
「ご、ごめん。あのね…ゆっくりでいいって言ってくれたの。もう一度ちゃんと言うからって」
「え?なにそれ。えらく機嫌良いから、てっきり付き合うようになったのかと思ったけど、違うの?」
「付き合ってないよ。でも、ちゃんと好きって言えた」
「はぁ?それならもう付き合えばいいのに。あんたらもまどろっこしいことしてるわね」
「孝ちゃんは私に合わせてくれてるだけだよ。それに一緒に居られなくなったら意味ないから…」
気持ちは、ただの幼馴染に向けているものじゃないと分かってる。
だけど長年そうだった関係をすぐに変えてしまうのはやはり少し怖い…。
そんなの気持ちを察したからこそ、泉は待つと言ってくれたのだろう。
正直、自身、自分の気持ちが分かってしまったことで、 幼馴染の時と同じような態度が泉に対して取れるかというと自信がなかった。
それに、そんな自分を好きでいてくれるかも分からない…。
「(そもそも孝ちゃん、格好良すぎるよ…!私、今朝もちゃんと顔見れてたかどうかも分かんない!)」
朝、がいつものように抱きついてみたら、抱きしめ返してくれた。 今までなら確実に振り払われていたから、それだけでもにとって嬉しかった。 だけど付き合っていたら、昨日のことが恥ずかしすぎてきっとこんな風に自分から抱きつきにいけたか自信がない…とは思う。
そんななかで泉は何かを考えながら照れくさそうに頭を掻いた後、の頬に軽くキスを落とした。 それが一気にの体温を上げ、今の機嫌のよさに至る。
「あれ?孝ちゃんからメッセージきてる」
「なにさっそく呼び出し?」
「ううん。千代ちゃんがクラスに来たって…ん?」
「どうしたの?」
「千代ちゃんからもメッセージきた。放課後にハマちゃんをこっそり部室の前に連れてきて欲しいって…なんでだろ?今日、球技大会だから部活休みなのに」
「…告白とか?」
「うーん。それは絶対ないかな。多分、応援部のことだと思うんだけど…」
の真面目な性格から結構容赦のないこと言っている。 本人は全く悪気がない様子のには心の中で「(浜田君、可哀想に…)」と呟いた。
昼寝をしながらも泉はぐるぐると考えを巡らせていた。
の気持ちは分かった。 その想いが自分に対して向けられているということが本人の口から聞けたことで、正直安心したし、めちゃくちゃ嬉しかった。
だけどやっぱりまだ頭の整理が追いついていないらしい。 元々急かすつもりはなかったが、あまりにも期待させるような事ばかりいうから、つい焦らせてしまった。
「(つーか…あいつ、あんなに可愛かったっけ?)」
いや、可愛いのは知ってる。というよりが好きだと気付いた時から思ってた。 正直今までは、を自分の気持ちに気付かせ、意識させるのが目的だったからそれなりに強引なこともできた。
だけど今は状況が違う。の気持ちを知っているだけにいつものように真っ直ぐ好きと言われると、 つい甘やかしてしまう…。のペースに流されている気さえする。
「(ここまでくると攻めるより引いた方がいいのか?いや、鈍いあいつにそれやると変な誤解しかねないよな…)」
せっかく上手くいっているのだとしたら、それを壊すようなことはしたくない。
それに今までは抱きつかれても男としてじゃないと思っていた。
「(今朝のもギリギリのラインだよな…幼馴染みとしては…)」
散々振り払ってきたが、気持ちを知った以上その手を振りほどける訳もない。 むしろ愛おしさが増して、ただどうしようもなく抱きしめ返してしまった。
一歩前進とはいえ、このままではこの関係がいつまでも終わる気がしない。 ようやく少し幼馴染みから抜け出したとはいえ、こんな曖昧な関係の延長戦をずっとやっているなんて冗談じゃない。
それにはやっぱり完全に攻め落とすかない。それにはやはりもっと自覚させなくては意味が無い。
「(あー…くっそ、やべーな。考えてたら触りたくなってきちまった)」
頭を抱えながら泉はゆっくりと顔をあげる。
「あ。起きちゃった?孝ちゃん、おはよ」
「え…」
泉が机に伏せていた顔を上げた瞬間に、 ニコニコとした笑顔で泉の机に両肘をついてが真っ直ぐにこちらを見ていた。
「っ!」
「あれ?驚いた?」
咄嗟に後ろへ体を反らした泉にが楽しそうな表情で尋ねる。
「あー…うん。驚いた」
「やった!結果オーライ!」
「でも本当は私が起こして驚かそうと思ったんだけどなぁ」と言いながら、 至近距離で笑顔を向けるに泉は息を吐く。
普段通りに振る舞ってみたが、正直、邪心があっただけに結構驚いた…。
自分から仕掛けた訳ではないが、結果オーライなのは泉自身も同じだ。
なんせ、触れたいと思った相手がこんな近くにいるのだから…。
の後頭部に泉は手を伸ばし、ぐいっとの顔を自分の方に近付ける。
「…あんま可愛いことしてんじゃねぇよ」
「!こ、孝ちゃん、ここ教室…」
「お前の方からしてきたんだろうが」
「あ、う…」と照れた表情を見せるに、泉は口角を釣り上げる。
「(やっぱこの反応見ると、どうでもよくなっちまうな…)」
あれこれ悩みはしたが、を目の前にすると愛おしさが増す。
自分がした行動に対して赤くなり、恥ずかしげに戸惑う反応を見せられると、悪戯心をくすぐられると同時に少し安心してしまう。 誰にもくれてやるか。と誓うように泉はの唇に口付けた。
「へ…?」
「は?!」
真っ赤に染まるだけでなく、隣で見ていた浜田も驚いたように目を見開く。
「(泉の奴、ついにやりやがった…!)」
田島と三橋はまだ寝ているし、幸い、自分以外からは死角で見ていなかったようだが…。
「孝ちゃん…!」
「気抜いてんじゃねぇよ」
ベッと舌を出して悪戯が成功したように笑う泉に、が顔を伏せた。
「こら。顔上げろ」
「やだ!孝ちゃんのエッチ!」
「だ、誰がだよ!人聞き悪いっつーの!」
ぐりぐりとの頭に手を置き、 可笑しそうに笑う泉と照れたがいつも通りで浜田は「どうなってんだこれ…」と呆れたように二人を見ていた。