36話 放課後デートの急接近


カキーン!

「やった!当たった!」
「久々だけどあんま変わってねぇみたいだな」
「感覚忘れてなくてよかったー!これで体育の授業も安心!」
「ソフトボールだけな」

カキン!と音を立てて、機械から飛んでくるボールにバットを振るう。
バッティングセンターに入るまで散々、道ばたでもチアガールの衣装について問いただされてうるさかったが、 店に入ってしまえば完全に思考がそっちに移り変わり、なんとかごまかせた…と言ったように泉は息をつく。
は全打球打ち終わるとバットを置いて バッターボックスを出ると、扉の外で待つ泉の方へと掛け寄る。

「まぁ、たまにはいいだろ」
「うん。楽しい」

基本的に運動音痴の。 自転車は長距離乗れない上に、サッカー、バレー…球技系は全てだめ。
かろうじて短距離走が速いことと中学の時に散々野球を練習したおかげで、 ソフトボールの成績だけは良いことからなんとかギリギリで体育の赤点を免れているという状態だ。

「きゃっ」
「ワンテンポおせぇよ」
「ううー…失敗ー」

たまに大きく空振りをする時もあるが、運動音痴がよくここまで当たるようになったものだと泉は思う。
今日の球技大会で部活は休みだっただけに早く学校も終わり、 何気なく帰り道に二人で寄ってみたバッティングセンターだったが、 こうして二人で来るのは中学の時以来で少し懐かしくも感じる。

「孝ちゃん打って」
「いいけど、お前は?もう打たないのか?」
「やっぱり孝ちゃんのが見たい」
「…散々、部活で見てるだろうが」
「それはそれだよ」

クスクスと楽しげに笑うに根負けしたように、 泉はの頭を鷲掴みながら撫で回す。

「わっ!なに?孝ちゃん」
「なんでもねぇ!そこで大人しく見てろよ!」
「あ…うん!」

から手を離し、 先ほどが打っていた場所の隣のバッターボックスへと入る。
バッドを握ったあと、お金を入れてすぐに構える泉の姿を前には思わず頬が緩む。

「(やっぱり孝ちゃんが野球してるところは何度見ても好きだなぁ)」

最近になってようやく恋なのだと気付いた気持ちだが、 どちらにしてもやっぱり自分はずっと好きだとは思う。
来る球をカキン!と最後に大きく打ち上げたところで、泉は息を吐きバットを置いてバッターボックスを出る。

「孝ちゃん格好いい!」
「まぁ、この球速だからな。練習より遅いし」

いつものようにが泉の腕に抱きつくと、泉が少し照れたようにから目線を逸らした。

「あれ。孝ちゃん、照れてる?」
「うっせ」
「いつもならすぐ振り払うのに」
「…別に今は誰か居るわけじゃねぇしな」

泉はそう言って反対の手での頬に手を添え、 に顔を近づけると今度は泉に変わってが頬を真っ赤に染め上げた。
思わず、パッとが抱きついていた手を離して距離を置こうとする。

「おい。自分から抱きついてきた癖に逃げてんじゃねぇよ」
「だ、って…!」
「予想外、ってわけでもないだろうが」

真っ赤な顔でぶんぶんと首を横に振るに泉は不服そうな表情での手を掴み、距離を詰める。

「安心しきってんなよ」
「っ!」

顔を真っ赤に染めつつも、なにか言いたげな表情で口をぱくぱくとさせるに 泉が可笑しそうに笑う。

「ぷ…ははは!冗談だよ。バーカ」
「こ、孝ちゃん!!」
「お前が危機感なさすぎんだよ。男に簡単に抱きついてんじゃねぇぞ」

の両頬を引っ張り、そういう泉にが痛がりながらも言葉を返す。

「うう…孝ちゃんにしかしてないもん」
「なら俺が手出しても文句ないよな」
「え」

至近距離で言われた言葉には一気に鼓動が速くなる。
思わずが、泉から離れて2、3歩後ろに下がると、トン。と後ろのベンチに足がぶつかった。

「あ、わっ!」

後ろのベンチに気付かなかったは驚いたようにそのまま体勢を崩して、ペタンとベンチに腰掛ける。

「なにやってんだ。ドジ」
「うう…」
「言っとくけど、逃げんなよ」

ベンチに腰掛け、制服のスカートから覗いてるの膝に手を添える。
きょとんとしているの太ももの内側を撫でるように手を滑らせた。

「へっ?!ちょっ、ま、まって!」

徐々にスカートの中に侵入し出した手とその行為を抑えるように、は慌ててスカートを手で押さえる。

「こ…、孝ちゃん…くすぐったい…」

の声に反応するように、ピタリと一瞬、泉の手が止まる。

「今はスパッツ履いてるし、別に孝ちゃんに見られてもいいんだけど…なんか、そういう問題じゃない気がするし…うーん…」

真っ赤な顔をして悩みながらそういうに泉は吹き出すように笑う。

「言うことがお前らしくて気抜けるっつの」
「そ、それ褒めてる?」
「わかんねぇ」

泉の手が再び動いたと同時にに顔を近づける。

「でもすっげー可愛いって思っちまうな」
「へ?!あ、ちょっ…孝ちゃん!ほんとこれ以上は駄目だってば!」
「逃げんなって言ったろ」
「だ、だって…」
「お前が未だに分かってなさそうだから証明してやってんだよ。俺のお前に対する好きはこういう好きだってこと」
「ふ、え?!あ、あの…わかってる、よ?孝ちゃんの気持ち、すっごく嬉しい…」
「本当にわかってんのか?」

こくこくと頷くと大きく首を振るに泉は息を吐き、 の頬に軽く口づけた後でそっとの足に触れていた手を離す。

「でも孝ちゃん…あれセクハラ…」
「うっせ。お前の場合、言葉で言っても無駄だろ。それにセクハラなんて、本気で嫌がってる奴が言うんだよ」
「孝ちゃん屁理屈」

頬を膨らませて、剝れるの頭を泉が揄ようにポンポンと叩く。

「だって私、孝ちゃん好きだもん。嫌がれないのは仕方ないよ」
「あんま煽るなよ。次は寸止めしてやれる自信ねぇからな」
「寸、止め…?」
「あー…いや、いいや。悪い。なんでもねぇ」

泉がの手を掴み、ゆっくりとをベンチから立たせると、 が嬉しそうな表情で微笑む。

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「だって嬉しいから」

の言葉でなにか言いたそうなのを堪えながら軽く手で頭を掻くと、 「コンビニ寄って帰るか」という泉の言葉には明るい表情を見せて頷いた。

「うん!」
「(流石にこのままここに居るのは精神的にきついしな…)」

付き合うということの意味を意識させるだけのつもりが、 危うく本気で襲いかけた…と泉は思いながらも腕に抱きついてくるから目を逸らす。

「孝ちゃん?」
「っ!なんでもねぇよ!!」

腕に当たる柔らかな感覚。いつもなら装えるなんでもない様相が繕えない。 欲しくてたまらない…。触れたい欲が日を重ねるごとに増していく。
泉はグラリと揺れそうになる思考の中で、ぶんぶんと頭を左右に邪な欲を振り払う。

「なんか喉渇いちゃった。孝ちゃん、私アイス食べたい」
「人の苦労も知らずに…お前は…」
「うん?」

意味が分からないと言ったように泉を見る。 そんなを見て泉は、わからないままでいいか。と心の中で思う。