37話 コールド作戦
「(そういえば孝ちゃんの好きな女の子のタイプって…チアガール、みたいな子なのかな?)」
あれ以来なにも答えてはくれない泉の表情を伺うように、ちらりとは泉を見る。
もしそうなのだとしたら、運動音痴の自分とは正反対だ。 それに、それなら自分に対して泉が興味が無さそうにしていたのも頷けるとは心の中で思う。
「みんなも知っての通り、田島君の右手は全治一週間なの」
次は田島を四番サードのポジションから動かし、一番ファーストのポジションに置くという百枝の言葉に皆が息を飲む。 その事が不服のように、口を尖らせて「俺、平気だよ!へーき!!」という田島を言い聞かすように百枝が田島の頭を鷲掴んで力でねじ伏せる。
「怪我人が一人前に文句言わない!!!」
「ひぎゃあああ!」
百枝に頭を鷲掴まれて痛がる田島に皆がたじろぐ。
百枝は、「全員集合!」と言って皆を集め、未だに不満そうな田島に言い聞かせるように笑顔を見せる。
「ファーストは左打者増えてるから強い球くるし、1番打者はなんと言っても一番多く打席に立てる。足を警戒される中で盗塁するのは難しいよ」
「!」
「ってことで…1番ファースト田島君!」
「はい!!」
「「(う、うまい…)」」
周りに居た全員が百枝を見てそう思う。
先ほどまでは渋っていた田島をうまくやる気を引き出させることに成功すると、順々に監督として桐青の時とは違うスタメンを読み上げていった。
そして今日はそんな次の対戦相手の偵察。つまり、岩槻西と崎玉のどっちが対戦相手になるのか調査に来たわけだが…。
「一回戦、崎玉はすげぇ接戦だったんだ」
そう言って対戦相手とはいえど、スラスラとすべて間違いなくスコアを読み上げる田島に皆が息を飲んだ。
「あれ?すごくない?」
「いや、すげーよ」
「そんなスコア覚えてるお前がな」
「え?対戦相手だからだよ!なんだよ。こんなことくらいでー!」
皆が感心したように田島に視線を移しているなか、別の方角から明るい声が聞こえてきた。
「監督さん!」
「あ!花井さん!」
花井と阿部の母親がこのブロックの担当でビデオを撮りに来たようだ。
「花井君!ちょっとの間よろしくね!」
「はい!」
監督が花井に指示を促し、二人の母親と一緒に外野の方へと足を進める。
その様子をみた泉が阿部に耳打つように問いかける。
「あれ、阿部の母ちゃん?」
「おー」
「すげぇ野球好きじゃん」
そんな二人の会話を聞いていた他の部員達も思い出したように声をあげる。
「うちも昨日、夫婦で初雁球場いってる」
「俺んち、大宮いったけど…」
「偶然!うちも」
そんなことを口々にいう部員達に花井は我慢ならないといったように肩を振るわせる。
「偶然じゃねぇよ!担当決めて同じブロックの試合行って、ビデオ撮ってんだよ!!」
「は、花井君…。気持ちは分かるけど、落ち着いて…!」
「悪い……」
はぁ…と息をつく花井に「どうぞ」と水が入ったコップをを差し出すと一気に飲み干し、 「サンキュ」とに渡す。
父母会で決まったことだから、そんなことは花井以外の選手の皆は知らなかったようだが…。
「なんでビデオのこと知らねぇんだよ」
「えー、知らねぇよ。そんなの」
「むしろなんで花井は知ってるの?」
「はぁ?親が話すだろ」
「花井ってさー、親と仲良いよね」
「よくねぇよ!!」
水谷君の言葉に切れるように再び花井の声が響いた。
「(恵子さんも明日行くって、私にはちゃんと言ってたんだけどなぁ…)」
泉はそんなこと全く知らないようだとは皆と会話をしている泉を見てそんなことを思う。
「……」
「…あのさ」
「え?」
「さっきからなんだよ。人のことジロジロ見やがって」
どうやらが泉のことをずっと見ていたことはとっくに気付かれていたらしい。 の方を疑わしそうに見る泉に、はドキッと胸を高鳴らせる。
「えーっと…、こ、孝ちゃん!今度の試合三番だね!あとサード!」
「あー。うん」
「楽しみだね!今日どっちが勝つと思ってるの?」
「誤魔化そうとしても無駄だぞ」
「え」
「つか、なんか言いたそうな顔してんのに話逸らそうとしてんじゃねぇよ!」
「い、痛い痛い痛い!!」
の両頬を強く引っ張る泉に、が手をバタバタとさせて抵抗する。
「だ、だって、個人的なことだから邪魔しちゃ悪いと思って…。でも気になっちゃってー!」
「個人的?なんだよ」
「えっと、だから…」
は少し言いづらそうにしながらも、泉の耳元で小さな声でこそりと尋ねる。
「…孝ちゃんの好きなタイプの女の子ってチアガールなのかなって」
「はぁああ?!」
耳打つように言ったの思いもしない発言に対して、泉は咄嗟に大きな声が出てしまった。
周りの部員達が一気に泉との方を見る。
その視線に気付き、泉がの頭を押さえつけて皆の視界から外させる。
「泉?どうかしたか?」
「悪い。なんでもねぇ」
「(痛いよー!!)」
平然と花井の声にそう返すと他の部員達も納得したように再び試合の方へと視線が移る。
泉も安堵したように胸をなで下ろし、の頭から手を退ける。
がゆっくりと体勢を起き上がらせるや否や、 泉がに詰めるように睨みつける。
「ったく、次々とどうやったらそんな発想が出てくんだよ」
「あれ?違うの?」
「そもそも他の奴ならともかくお前がそういうこと言うな。傷つくから」
「傷つく?」
「当たり前だろ。俺がお前を好きだって未だに信じて貰えてない気がするだろうが…」
少し拗ねた様にムスッとした表情を見せる泉に、ドキン!とが胸を高鳴らせる。
「あ。いや…そういうわけじゃないよ」
「本当かよ」
こくこくと首を振るに泉は息をつく。
「別に好きなタイプなんてねぇつの」
「あれ?そうなの?」
「正確にいうとわかんねぇ。そもそもお前以外まともに好きになったことないからな」
そう言いながら「うーん」と考えながら絞りだそうとしてくれている泉を見ては嬉しそうに笑う。
「そっか、そっか」
「なんだよ」
機嫌が良さそうに泉の腕に抱きついてきたを泉はちらりと見る。
「意味わかんねぇな。お前は」
「いいのー。ねぇ、孝ちゃん」
「うん?」
「本当に私でいいの?」
「え…」
首を傾げてそう尋ねるの言葉の意味を察したように泉が答えようとしたその時、水谷が振り返り声を掛ける。
「ちゃん、スコア取ってる?」
「あ。うん!ここから見える範囲だけで、細かいところはまだだけど一応取ってるよ」
「ちょっと見せて」
「いいよ-。あとこれは一回戦の崎玉の分」
「ありがとー」
が抱きついていた泉の腕を放して立ち上がる。
「はい」とが手渡したスコアを囲い、皆が崎玉の佐倉の打率の話に華を咲かせる。
「……」
泉がその様子を苛ついたように見る。 と楽しげに会話をする水谷の首に後ろから腕を回して強く締め上げる。
「う、ぇ?!なになになに?!泉!!」
「へー、打点はいくつだって?」
「いやいや!俺なんかした?!」
「うっせ!なんでもねぇよ!!」
「泉、機嫌わるいなぁ…」と栄口が呟く隣でが「(まさかね…)」と直前までしていた会話が頭が過ぎりながら二人のやりとりを見ていた。
「ぷはぁ!あちぃー!」
視察からグラウンドにランニングで帰ってきた田島達が暑そうにユニフォームを脱ぎ捨てる。
「10分後にミーティング始めるぞ!」
花井の声が響く中、田島が堂々と真っ裸になろうとしている横で、 が忙しそうにドリンクの準備をしている。 それに気付いた花井が、田島に大きく声を掛ける。
「たじまぁあ!パンツ脱ぐなら道から見えねーとこ行けっつってんだろ!!」
「だってベンチは蚊がうなってっから、チ…!」
田島の言葉が聞こえるのを遮るように栄口がに声を掛ける。
「ちゃん!!こっちおいで!」
「え?」
ドリンクやコップを抱えながら栄口の声がする方にが近づく。
「貸して。手伝うよ」
「あ。ありがとう」
未だに口論している田島と花井が見えないように栄口がそう言いながらの横に立ち、 誘導するようにベンチの方へと連れて行く。
「じゃあ観戦して思ったこと言ってくぞ」
汗だくになったインナーを替え、息を整えると花井の声を合図にミーティングが開始された。
「とにかくマークはあの5番だな」
今日見た崎玉の試合を見た感想から守備、牽制、攻撃について洗い出し、練習の方針をまとめていく。
一通り方針がまとまった後で阿部が手を上げる。
「あ。次はコールドにして欲しい。崎玉に付き合って延長なんて冗談じゃねぇし」
これから連戦になる三橋の体力を考え、コールドにして欲しいという阿部に「あ。お、お…」と三橋が何か言いたそうに口をぱくぱくとさせる。
それに気付いたように阿部が三橋の言葉を遮る。
「"オレ投げれるよ"だろ」
「!」
三橋の声を真似てそういう阿部に皆が「三橋言いそう」と笑う。
監督の見立てでもコールドが出来ると判断しており、スクリューを打つ対策のための調整も行うことになった。
その上、阿部も5番は全て敬遠して敵ベンチを腐らせるという計画があるらしい。
「おし!わかった!あと四日、そういう気持ちで練習すっからな!」
皆がコールドを狙うということで合意した。