38話 チアガール
「サンプルで演劇部から借りた奴が一着あるんだよね」
「「え?」」
「だからさ、。それ着て写真撮らせてよ。作る時の参考にしたいから」
「千代かなら入るだろうしね」
「え。でもなんで私…」
「だって客観的に見たいじゃん」
「そうそう」
「だから!お願い!」
「あ…。まさかそのためにお昼呼んだの?」
「その通り」
「に断られたら千代にお願いしようと思って」
ダンス部の部室で、チアガールの衣装を作るのを開始するという二人にお休み時間に呼び出された 篠岡とは「そういうことか…」と息をついた。
客観的に見たいというのは半分建前。 1着しか無いサンプルを自分達のうちのどちらか一人が試着するのが嫌で呼び出したというところだろうとと篠岡は瞬時に悟る。
「ダンス部で一緒にお弁当食べようなんて可笑しいと思った」
どうやら、チアガールの衣装を作るため借りたサンプルの衣装を着て写真を撮らせてくれるモデルを探していたらしい。
「あとで千代も着てみなよ」と急かされながらも、首を振る篠岡を余所に、 は少し何かを考えるように口元に手を当てる。
「(正直、孝ちゃんにこの前、散々チアガールの衣装について問いただした後だから着づらいんだけど…。でも衣装、可愛い!)」
結局はただの憶測にすぎなかったらしいが、嫌いではないと言っていた時のことをやはり思い出してしまう。
そしてやっぱり衣装は可愛い…。少し着てみたいかも。という思考がの中に巡る。
少し気まずいものの別に見せるわけじゃないからいいかという結論に行き着くと、「うーん。いいよ!」と軽い気持ちで制服を脱ぎ始めた。
「ちゃん、かわいい!」
「でもやっぱスカート丈は短いね」
「うーん。もう少し長くする?膝上ギリギリくらい」
「えー。でもこれ以上長くするとダサくない?」
部室でチアガールのサンプル衣装を着たを囲みながら、 袖やスカートの長さと生地を確認するように衣装を引っ張ったりめくったりしていた。
「そ、そんなに見られると流石に私でも恥ずかしい…」
「あはは。ごめんごめん。でももうちょっとだけ着ててよ」
「ってかせっかくだし、このままグラウンド行こうよ。私らも動いてるとこ見たいから」
「「…え?!」」
ダンス部の二人の言葉に篠岡とは驚いたように声を上げる。
「どうせ今の時間なら誰もいないって」
「外だと色の雰囲気も変わるから見たいしね」
の背中を押して外に出ようとする三人を追いかけるように 篠岡も慌てて走りだす。
「(うーん…。人前に出ることは考えてなかったけど…。別にいいか。衣装の写真撮るだけだしね)」
もちろん二人からのお願いを断れなかったこともあるが、半分は興味本位で着てみただけに、 外に出るとは思わなかったので少し戸惑ってしまうが、もうどうにでもなれという気持ちで二人に先導されグラウンドへと向かう。
「じゃあ、。陽の下に立って写真撮らせて」
暫くは何枚か立っているの写真を部分的に細かく撮ったり、長さをはかったりしていたが、 「はい、終わり」と二人が満足したことにだけでなく、篠岡も安堵の息を吐いた。
「じゃあ戻ろうか」
「そうだね」
「いやぁ、しかし似合うね。」
「その上ちゃんといいもの持ってるみたいだし。着痩せするタイプ?」
「え。や、ちが。衣装が少し小さめだからだよ!」
サンプルのチアの衣装が少し小さいおかげで、胸元と腰のラインがいつもよりハッキリとしていて、どこか厭らしく感じてしまう。 後ろから抱きつくように紋乃が衣装の上からの胸を両手で揉み上げる。
「きゃあああ!ちょっ、ちょっとー!」
「さあ、吐きなさい。泉君と仲良いよね?」
「そ、それは幼馴染みだからだよ!」
「知ってる。でも、好きなんでしょ?」
「えっ!」
「進展なにもないの?本当にただの幼馴染み?そんなわけないよね?一緒に登下校してるんだし」
二人に詰め寄られ、胸元や足の内側を手で触られ「ひゃああ!」とが声を上げる。
「ほら、ほら。早く本当のこと言わないと、人が来ちゃうよ」
「い、意地悪ー!」
「もうそのくらいにしなよー」と篠岡が呆れるように声を掛けるも、やめる様子がない二人に息をつく。
「な、なく…は、ない…けど…付き合ってるわけじゃ…」
「なになに?どういうこと?」
「ほら、説明!」
「も、もう勘弁ー!」
の声が大きく響き渡った。
疲れたような足取りで、衣装から着替えを終えたが教室に戻る。
「(はぁ…大変な目にあったなぁ…)」
安易な気持ちで引き受けたものの、とりあえず他の人には見られなくてよかったと息をつき、机に伏せていたのも束の間、 の携帯が震え、ゆっくりと体を起き上がらせて携帯を開く。
「…なっ!」
メッセージを開いた瞬間に、「あげるー」と送られてきたチアガールの衣装を着た自分の写真に驚き、 が慌てて思わず携帯を床に落とす。
「!」
拾おうとしゃがみ込んだその瞬間、先に携帯を誰かの手によって拾われる。
「あ…」
「なにやってんだよ。ドジ」
「孝ちゃん?!か、返して!」
「ん?」
手が伸び、携帯を奪おうとするがどこかいつもと違うのを感じた泉は、 ひょいとから伸びる手を上手く交す。
「なにかあんのか?」
「え、や。ない!なにもないよ!だから返してー!」
ああ。これは絶対なにかあると思いつつ、が携帯を奪えないように交し続けていると、 「これ泉の携帯?」と泉の背後から田島が声を掛ける。
「「え?」」
いつの間にか背後から泉の手を掴み、 携帯の画面を食い入るように見る田島と隣にいた三橋も陰からひょっこりのぞき見ている。
「いや、俺のじゃねぇよ」
「なんだ。じゃあ、の携帯か」
「そうに決まってるだろ」
「だってすっげー可愛く撮れてるからさ。なんだ。これ泉が撮ったんじゃねぇんだ。俺もデータ貰おうと思ったのに」
「は?」
「わーー!ダメダメ!!」
真っ赤な顔で「見ないでー!」といい泉から必死に取り返そうとするの首に腕を回し、上手く身動きを押さえ込む。
「こ、孝ちゃん!返して!」
「さっきから、うるせぇよ」
泉はさっきから一体なんの話だというようにの携帯を見る。 「ああああ!」と聞こえるの声を他所に、泉はそこに映っていた人物と衣装にピタリと動きを止める。
「…へぇ。何処行ってんのかと思いきや。お前は」
「や、た、頼まれたの!作る衣装の参考にしたいからって!違うよ!違うからねー!」
必死に言い訳をしつつ泉の腕から逃れようと賢明に抵抗する。
「この前、孝ちゃんに言ったことと関係ないから!たまたまだから!」
「別になんも思ってねぇよ。どうせ興味本位で受けたんだろ」
「うっ…」
当たらずとも遠からずの泉の言い当てには喉を詰まらせる。 泉はそんなの動きを封じ込みながら、の携帯を弄っていた。
そんな中、聞こえてきた田島の声にが反応する。
「もやるの?それチアガールの衣装だろ」
「やらないよ。それにあれは見本で私が代わりに着ただから。なにより私、運動音痴だもん!」
「威張って言えることじゃねぇよ」
「孝ちゃんが言ったんじゃない。私は運動音痴だから無理だって」
「いや、まぁ、そうだけどさ…」
「でも似合ってたよな」
「う、うん!ちゃん、かわいい!」
聞こえてくる田島と三橋の会話には思わず動きを止めて顔を赤らめる。
それに気付いた泉がをちらりと見て言う。
「…なに照れてんだよ」
「あ、や。だ、だって…悠君もレン君も優しいから…」
両手で顔を覆うに対して、「ほう」と少し苛ついたように声のトーンを下げると、 の耳元で小さく囁く。
「じゃあ俺は本音言ってやるよ」
「え?」
「…襲いたいくらい可愛い」
「は…え、な…っ!」
今までに無いくらい動揺するの反応を見計らったように 「ほら」といって泉はに携帯を放り投げた。
「え。あ!わっわっ!…もう!絶対からかっただけでしょ!」
「褒めてんだから、別にいいだろ」
不服ながらもそういう泉から解放され、ようやく携帯が手元に戻ってきたが息をつくと田島と三橋が詰め寄る。
「!もっかい見せて!」
「え!だ、だめ…って、あれ?消えてる」
「まじで?!」
データどころか、メッセージも全て消えてる…まさか…と思いつつは泉の方を見る。
「孝ちゃん…あの…」
「見られたくねぇもんなら消しとけっつの」
「そ、そうだね」
どうやらデータを消したのはやっぱり泉だったらしい。 まぁ、元々消すつもりだったからいっか。とが思っていると、田島が残念がる声をあげる。
「ごめんね」といいつつも田島や三橋と楽しげに話をしているから、泉は背を向けて距離を取る。 すると自身の携帯をちらりと見て、心の中でガッツポーズを取った。
「(すげぇラッキー…!)」
の手元からはデータも全て消せた。
見れるとしたら、にその写真を送りつけた相手と…。
こっそり自分の携帯にデータを送りつけた泉自身だけだろう。
「(田島に見られたのは腹立つけど…まぁ、いいや。これで見られることねぇだろ)」
の性格からして、あれだけ恥ずかしがっているということは、 泉が消さずともすぐ消しただろうけどもそれを本人にされると困る…。
その前に上手く写真のデータを手に入れられたことに泉は息をつく。 あとでゆっくり見るか…と思いつつも誰にも悟られないようにと、思わず緩そうになる口元を手で隠した。