41話 グラウンド整備
四回戦の表も崎玉にはヒットが生まれるも満塁策が見事にハマリ、未だ0点。 さらに四回戦の裏では一死満塁のチャンスで泉のショートゴロにより、 三塁ランナーの水谷と二塁に居た田島が上手くホームに滑り込み合計2点が追加され、6対0で西浦が優勢となっていた。
「悠君、怪我の方は大丈夫?」
「平気。打ってねぇもん」
「でもさっきも守備凄かったよ」
「本当?!」
五回戦の表で、田島の様子がどこか可笑しいことに気付いた崎玉が集中的に田島の方を狙って攻撃を続けていたが、 田島が上手く交して好守備に繋がり、結局、崎玉は三者凡退となっていた。
「グランド整備行ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
が田島に笑顔を向けてそう言うと、 田島が一度ベンチを出ようとしたのを止め、再びに近づいてくる。
「悠君?」
「やっぱ、ちょっと回復させて」
「回復…?」
「なに」とが言いかけたのを遮るように、田島がの頬に軽く口付ける。
「へっ?!」
「よし!元気でた!サンキュ!!」
「ど、どういたしまして…?」
そう言うといつものように田島は皆の元へと走って行く。
「(な、な…なにー?!)」
吃驚したというようには真っ赤な顔をするも、幸いにも皆グラウンド整備に行っていて誰もいないようだ。 はパタパタと籠もった熱を冷やすように左手で仰ぐ。
「(っていうか元気って…)」
所々、会話をしていて少しだけど違和感を感じていた。やはり心のどこかで田島は怪我をして今日の試合でまともに打てないことに悔しさを感じていたのだろう。 心配ながらも、元気に走って行った田島には胸を撫で下ろした。
「あんま深追いしすぎるなよ」
今のうちに…とがドリンクの補充をしていると背後から声を掛けられ、 ビクッとが肩を揺らす。
「タカヤ君か…。びっくりしたー」
そうか。バッテリーである阿部と三橋はグラ整の必要はなかったから残っていたんだったということを思い出す。 三橋は、飛び出して行ってしまったようだが…。おそらく先ほどの田島とのやりとりも見られていたんだろう。
「えっと、深追いって?」
「あ?田島のことに決まってんだろ。お前が深追いしすぎると勘違いするなって方が無理な状況になるぞ」
「私が悠君の心配したら駄目ってこと?」
「そうは言ってねぇよ。けど、ほどほどにしとけってこと。あとこれは他人がどうの言えるもんでもないだろ」
口ぶりからして、どうやら阿部は田島の違和感の原因に気付いているようだとは悟る。
「でも私だって話くらい聞けるよ。それだけでも気持ちは楽になるよ」
「だから別にお前じゃなくてもいいだろってことだよ。お節介焼き」
「うっ…そりゃあ…そうかもしれないけど…。部員同士じゃないからこそ、言えることだってあると思うんだけどな…」
どこか納得がいかないと言ったようだが、「…でもお節介なのは気をつける」と阿部の助言に承諾したように答える。
そんなに息をつき、の頭に阿部が手を添える。
「まぁ、それがお前の良いとこなんだろうけど」
「(…あれ?今のって、褒められてる?)」
思いもしない阿部からの言葉にが少し驚いたような表情で阿部を見上げる。
「な、なんだよ」
「う、ううん。なんでもない」
「?」
「!」
背後から掛けられた言葉にピクッとが反応したのと同時に、阿部がから手を離して距離を取る。
「孝ちゃん」
が振り返り、「お疲れ様」といつも通りの笑顔で泉達が戻ってきた方に近寄る。
そんなに怪訝そうに泉は一瞬眉を寄せるも、 「うん?」と首を傾げながら笑顔を向けるに泉は息をつき、パチンとの額を指ではじく。
「さぼってんじゃねぇよ」
「さ、サボってないもん!」
痛いというように額を抑えつつも、守備につく準備を始める泉には軽く頬を膨らませた。
「っ…すいません…俺!」
「まだ早いよ!守備につけ!」
結局、グラウンド整備を終えて五回を迎えても得点は0点…。そして六回表も崎玉は0点だ。 ここであと1点入れば、西浦のコールドゲームが成立してしまう。
「(ちっ…)」
崎玉の投手である市原は小さく今の現状に舌打ちをする。 9番の三橋がフォームでゾーンの枠を減らすことに成功し、見事にヒットを打たれ、なおかつ二死三塁のこの現状で、 今日すでに2安打をあげている三番の泉…。
「(なんせ3得点にからんでるんだよな。ここは、もう)」
もう1点もやれないこの状況。市原は決意をしたように息をつく。
敬遠。それしかない。捕手の佐倉に合図を送り、4番の花井との勝負を選んだ。
「あーあ。結局、花井に持っていかれちまったな」
「あはは。花井君らしい長打コースで2打点。しびれたよね」
最後は、花井の長打によるヒットで2打点をあげ、コールドゲームの条件が整った。
そして最後の打席で佐倉との勝負も行ったが、センター前のライトフライ。崎玉は0点のまま。
結果として、8対0で西浦は勝利を迎えた。
少し不機嫌そうに、試合後にアイスをかじる泉にはくすりと笑う。
「でも今日の試合で孝ちゃんは、2安打な上に打点も3ついてるんだよ。最後は敬遠されて当然だよね。あの状況なら誰が投手でもそうすると思うなぁ」
「だからなんだよ。記録係」
「すっごく格好よかったよ!孝ちゃん!」
「…ま、それでいいか」
「ほら」と泉がに食べかけのアイスを差し出すと、が嬉しそうに齧り付く。
「んんん…、冷たーい!」
「ちゃん!荷物積み込むって!」
「あ。千代ちゃん。今行くー!」
パタパタと走って行くの背中を見る。
「(くっそ。あいつ、まじで俺の機嫌取るの上手いな…)」
あんな一言で許してしまうのも、 グラウンド整備に出ていた時に阿部と話していた時の違和感も聞かないままにしてしまっているのも、甘いなと心の底で泉は思う。