42話 電車の中で


コツンとの頭が泉の肩に乗る。
「ん?」と横を見てみると、小さく息を立てて眠る

「…だから電車じゃなくて、篠岡達と車で帰れって言ったのに」
「仕方ないよ。荷物乗せたら一人分埋まっちゃったんだから。まぁ、自分から志願するところがちゃんらしいけどね」

軽く身を乗り出して、泉の隣で眠っているを見てそういう栄口を横目に泉は息を吐く。
まぁ、は試合中はベンチに入っていたし、片付けやらで先ほどまで終始パタパタと忙しそうに走り回っていたので仕方の無い気もする。
だから電車に乗ったことでホッと息を吐いた気持ちも分からなく無いとも思う。

「それに泉がいるから安心してるんだよ」
「…そうか?」
「そうだよ」

優しい口調ながらも、少しからかう様にいう栄口に泉は少し照れるように目を逸らす。 座席の上でこつんと当たった手に気付き、泉はそんなの手に指を絡めて握りしめた。
が寝ているせいもあり、栄口も「しーっ」と近くで喋っている水谷達に指を立てる。
そんなやりとりが交わされる中、泉達の前に一人の大きな影が立つ。

「「…?」」

大きな影に、誰だというように泉と栄口が顔を上げると、 立っていた﨑玉の一年生レギュラー佐倉が、青い顔をしてを見つめて立っている。

「えっと…?」
「あ、あの…その方って…」

寝ているを力無さげに指差す。
そんな佐倉の光景に泉と栄口は、寝ているを見て思わず互いに顔を見合わせる。

「あー…ごめんなさい。今寝てるけど、うちのマネージャーに何か用事でも?あ。練習試合のことなら花井とかが…」

栄口が口を開きそう尋ねると激しく首を左右に振る。

「い、いえ!どちらかというと、そちらの…」

佐倉はそう言うとぱちりと泉に目を合わせる。

「え。俺?」

試合中、佐倉となにかあったっけ…?と思い返そうとしていると、佐倉がぐいっと泉に顔を近づける。

「あの!彼氏とか、ですか?!」
「……は?」

その言葉と佐倉からへの視線で、 言いたいことを把握した泉は思わずを握る手に力を強める。

「仲良い、ですね」
「まぁ…悪くはないだろうけど…」
「そりゃそうですよね…。俺、なに当たり前のこと聞いて…」

頭を抱え出す佐倉に思わず泉と栄口は、呆然とその様子を見る。

「あ、あの!いつからお付き合いしているか、とか、聞いてもいいですか…?」
「「えっ」」

隣で聞いていた栄口も思わず声がでてしまった。

「(泉ー…どうする気だよ…)」

栄口はちらりと泉の方を見る。

「(いつからって言われてもな…)」

いや、そもそも付き合ってないし。なんなら今、アタック中だよ。と泉は心の中で思う。
しかし色々と勘違いをしているようなかで、わざわざこの現状と自分たちの関係を説明するとややこしすぎる。
それにただの幼馴染みとも言えない関係なのも事実な訳で…。
どうしたものかと思いつつ曖昧な返事をする泉に、佐倉が「あ。俺なんかが聞いちゃ駄目ですよね?あの、じゃあその方のお名前だけでも…」と詰め寄り、 栄口が焦ったように「ちょっと…」と声を掛けようとした瞬間…。

「んん…。孝、ちゃん?」
「「!!」」

の声が響き、ぴたりと三人が同時に固まる。

「あ…っと、悪い。起こした」
「ううん。私こそ、ごめん。孝ちゃん。ちょっと寝てた…」

「ぁう~…」とまだ少し寝ぼけた声を上げて、 泉の腕に抱きつきながら目を擦るに衝撃を受けた様に佐倉が目を見開く。

「"孝ちゃん"…」

の言葉を復唱するように、 何度も呟いている佐倉の存在に気付いたが「あ」と声を発して顔を上げる。

「あれ?佐倉君だ!」
「!あ、いや…」
「電車一緒だったんだね。お疲れさまです」

笑顔を向けるを前に、自分との呼び方の差を感じた佐倉は、涙を浮かべ始める。

「佐倉君?」
「あ。いや!!あの、今朝はありがとうございました!」

ふるふると左右を首に振ると、仕切り直すように佐倉はを見て頭を下げる。

「「(今朝…?)」」
「あはは。どういたしまして」

栄口と泉は疑問に思いつつも、佐倉と笑顔で話すを見る。

「あ、の。お名前、とか…」
「あ。そうだ。私、です。同じ一年生だよ。改めてよろしくね。敬語はなしでいいよね?」

やっと名字が分かったというように佐倉は笑顔を向ける。
だけどまだ色々と彼女に聞きたいことは沢山ある…。 どうしようと戸惑いながらもを見て頬を赤らめる佐倉を察したように、 泉がの後頭部に手を回して軽く自身の方に引き寄せる。

「?」

不思議そうに泉の方を見るに対して、泉と目が合った佐倉は何かを察したようにビクリと肩を揺らす。
そんな佐倉に背後から話を聞いていた崎玉の部員の一人が佐倉の肩を叩く。

「あ、じゃ、じゃあ、また!」
「うん。また会おうね」

頭を下げ、その場を去った佐倉の肩叩く崎玉の部員達の姿には首を傾げる。
一方で安堵したように栄口と泉は息を吐き、泉はそっとから手を離した。

「…そういえば佐倉君となんの話してたの?」
「いや、別に」
「?」

泉はから目を逸らす。

「(まぁ、今ので勘違いするなって方が無理な気がするけど…)」

そんな様子を一部始終見ていた栄口はを気にしながらも、泉に小声で話しかける。

「でもよかったのかな。なんか、すっごい勘違いしてたみたいだけど」
「別にいいだろ。むこうが勝手に勘違いしてんだから…」

こそこそと会話をする栄口と泉には何かあったのかと首を傾げる。

「つか、佐倉と面識あったのか?今朝どうのとか言ってたけど…」
「佐倉君?うん。今朝、佐倉君のタオル拾ったからその時に初めて喋ったよ。なんかすごくいい人だよね!」
「…なるほどな。それが原因か」
ちゃん、他校生にあんまり不用意に話しかけない方がいいよ。男って馬鹿だから」
「そうなの?」

どうせ、その時に相手がその気になるような褒め方をしたんだろうと泉は察したように息を吐いた。