43話 一呼吸


「手の怪我、大分良くなったみたいだね」
「やっとこれで明日から思いっきりバット振れるよ」
「一応今日まではテープで固定しとくね。まだ体育の授業もあるし」
「助かる!」

お昼休みに教室で湿布を貼り替えながら、「よかった」と微笑みながらは田島の右手を掴む。 その後で、手首の状態を確認するように軽く力を入れた。

「っー!それちょっとくすぐってぇかも」
「あ。ごめん」

顔を見合わせて二人で笑うと田島の様子を隣で見ている泉は、 少し不機嫌そうに睨み付ける。別に何でもないやりとりだとは分かってる。だけど…。

――「別に。随分余裕だなって思って」

田島に言われた言葉が頭から抜けない。余裕なんてない。

「(あー…くっそ。これだと前と変わんねぇな)」

こんなことで嫉妬して、不安になるのは告白する前と変わらない。 の気持ちが自分に向いてるということはちゃんと分かっているつもりだ。
だけどまだ幼馴染みの枠から完全に抜け出せていないのも事実。
自分の都合でを焦られたくない気持ちと手に入れたいという欲が泉の中で混ざり合っていた。

「さんきゅ!!」
「どういたしまして」

湿布を貼り替えた田島の手を離してはいつものように笑う。
そんなと田島のやりとりを前にして、泉が田島に尋ねる。

「明日って言ってたけど…田島、怪我もういいのか?」
「もう平気。一応、今日の帰りに病院寄って了解貰うけど」
「じゃあ、次の試合間に合うな」
「よっしゃ!花井から四番取り返す!そんで練習で感覚取り戻して、全打球ミート!」
「あはは。言うことが悠君らしいね」
「だな。おい。田島、あんま飛ばしすぎんじゃねぇぞ…ってまぁ、田島なら俺が言わなくても分かってるか」

意気込む田島が三橋を嗾けるように「頑張ろうなー!」と肩を組む。
そんな田島と三橋を楽しげに見ていたはそんな田島を見て、ふと崎玉での出来事を思い出す。

「(そういえば悠君、あの時…)」

――「よし!元気出た!サンキュ!」

の頬に口付けてそう言った。思い出すと、恥ずかしさで一気に体温が上がる。

「(別にいつもと変わった様子ないし…私の気にしすぎ、かな?)」

いつも一番近い泉を基準に考えてしまうし、泉から告白を受けた時の行為が頬へのキスだっただけに少し意識してしまうなぁとは思う。

「(でもよく考えたら元々、悠君は誰にでもスキンシップ多いし…タカヤ君にも"あまり深追いするな"って言われちゃってるし…)」

考えない方がいいのかなぁという思考を巡らせているに気づいたように、 泉がを見て尋ねる。

「…どうした?」
「あ。ちょっと考え事してた」

「でも大丈夫」と言って笑いかけるに泉は息をつき、の頭を両手で覆うと、 に顔を近づける。

「う、ぇ?!」
「なに考えてんのか知らねぇけど、お前が考えすぎると変な方向にいくから気をつけろよ」
「そ、そうかな?」
「そうなんだよ」
「孝ちゃん…心配してくれてる?」
「悪いかよ」
「ううん。ありがとう」

泉に微笑むに照れくさそうに泉が目を逸らす。 すると田島がそんな二人に気付き、「あああ!」と叫ぶ。と泉はその声に驚き、ビクッと肩を揺らして互いに距離を取る。
隣で田島と喋っていた三橋も驚いたように目をぱちくりとさせている。

「何やってんの?!」
「いや、別に…」
「なんでもないよ」

田島をなだめるようにはそう言って笑顔を向ける。
少し拗ねた田島に、が「そうだ」と思い出したように鞄の中からお菓子を取り出す。

「これね、探してた期間限定のチョコレートなんだけどなかなか見つからなくてね、でも栄口君が偶然見つけて買ってくれたの!」

「みんなで食べよう!」というに、 「おおお!」と目を輝かせる三橋とは打って変わって泉と田島は二人で目を合わせたあとで深く息をつく。

「あれ?嬉しくない?」

予想外の反応だったのか、「嬉しいよね?」と三橋に訴えかけるようには顔を向けると、 の言葉に大きく頷き「俺は嬉しいよ!」と答える。そんな三橋に「そうだよね!」と同意する。

「はい、レン君」
「あ、ありがと」

は箱から取り出したチョコレートを一粒差し出し、三橋の手に乗せる。
そんな和やかなやりとりをすると三橋に対して、泉が目を細める。

「…あのさ、なんで栄口がお前の探してるチョコレートの種類を知ってるんだよ」
「なんでって、私が部活の前に話したからだよ」
「(なんかやけに栄口君と仲良いんだよな…こいつ…)」

「お。おいしい!」という三橋に「そうでしょ?!」と言っては嬉しそうな顔を見せる。
そんなを前に、田島は「うーん…」と眉間に皺を寄せて考え込むような仕草を見せるも、 暫くしてなにかが吹っ切れたように顔を上げて笑顔でに言う。

!俺も頂戴!」
「いいよー。はい」
「(田島の奴、切り替えたな…)」

まぁ、確かに嫉妬ばかりしていても仕方ないか。自分も頭の中を切り替えてしまおうと、 田島が笑顔でからチョコレートを受け取る様を見て泉も思う。

「孝ちゃんは?」
「…貰う」
「はい」

泉は素直にからチョコレートを受け取り、口に放り込みながらも甘いなと感じた。