08話 綺麗なお姉さまは殺し屋


「きゃああああああ!」

一軒の家から少女の悲鳴が聞こえた。

「「大変だー!!…え?」」

が部屋を出てきたと廊下を駆け上がってきたツナとはち合わせる。

?」
「ツナ?」

は、ツナがアイスを買って来ている間にツナの部屋に訪れた。

「ど、どうしたの?部屋で待ってたんじゃ…」
「そうなのよ!そうなんだけど」
「?」
「リボーン君が…」
「リボーンが、どうかし…んぎゃああああ!」

ツナがから離れてリボーンの方へと近寄ってみると、リボーンの顔に大量のカブトムシが貼り付いているを発見した。

「ツナァ…」

当たり前だが、も女の子なわけで…さすがにここまで大量の虫を目にすれば逃げ出したくもなる。 は恐怖で部屋に近寄ることすら出来ず、ツナの部屋の外で待っていた。

「お前、樹液分泌してんのー!?」
「これは俺の夏の子分達だぞ」
「はぁ?!」
「情報を収集してくれるんだ」

リボーンがそう言うと、カブトムシは何事もなかったかのように外へと飛んでいった。

、こっちこいよ」
「…いない?」
「もう飛んでったよ」
「本当?」
「うん」

は、少し早足でツナの方へと駆け寄って何も言わずにツナの腕にしがみ付いた。

「(いつも、こんなんだと可愛いのに…って、この前といい…。また俺は何考えてんだよ!)」

ツナが頭を抱えるように思考を巡らせていた時、ピンポーンというチャイムが鳴り響く。

「あれ。誰かきたのかな?、ごめん。ちょっと待ってて」
「ん…」

は、しぶしぶながらもツナの腕を離すと、ツナは階段を下りて玄関へと向かった。

「リボーン君?」
は部屋から出るんじゃねーぞ」
「え?」

ツナが玄関へと向かったすぐ直後でリボーンも部屋を出ていってしまった。

「どうしたんだろう?」

部屋に取り残されたは、リボーンの言葉に首をかしげながらも、二人が戻ってくるのを待つことにする。



「遅いなー」

リボーンに部屋から出るなと言われた為、はツナの部屋から出られることが出来ず、仕方なしにツナが買ってきたアイスを口に頬張っていた。

「なんなんだよ!あの女は!」
「あ、ツナ!」

ツナは部屋に入って来るなり、リボーンに向かって大声で叫んだ。

「どうしたの?」
「毒サソリ・ビアンキっていうフリーの殺し屋が来たんだぞ」
「毒サソリ?」

得意技は毒入りの食べ物を食べさせる。その名も、ポイズンクッキングと言うらしい。

「その殺し屋の女の人が、どうしてツナの家に?」
「お、俺の命を狙ってきたみたい…」
「え…ぇえええ!」

「なんで?!」と、驚いた様子のにリボーンが淡々と話を進める。

「ビアンキは俺にゾッコンだぞ」
「…え」
「付き合ってたこともあるしな」
「はぁ!?」
「俺はモテモテなんだぞ」
「いやいや!」
「ビアンキは愛人だ」

四番目。という意味であろう数字をリボーンは、達の目の前で指であらわした。

「お前、意味分かってんのかー!?」
「ダ、ダメだよ!浮気は!」
「い、いや、、そこの問題じゃ…」
「なんだ、も俺の愛人になるか?」
「駄目に決まってるだろ!」

そう言ってツナはの手を引っ張り、リボーンから隠すようにの前に立った。

「え?」
「ん?」

とリボーンは、不思議そうにツナの方を見る。小さな沈黙の時間が流れた。

「え、あっ!」
「ツナ?」

咄嗟に取ってしまった態度に、自分でも一体何を…。という思いを抱えながら、 達の視線に耐えきれなくなった様子のツナは、話を逸らすようにリボーンに言う。

「とっ!とにかく!なんとかしろよ!あいつ俺の命狙ってるんだぞ!」

そういうツナに、リボーンは真剣な表情でツナを見つめる。

「ツナ…」
「何だよ」
「人はいずれ死ぬ生き物だぞ」
「急に悟るなー!」
「お、上手い!」
「褒めてる場合じゃないだろ!」



そして、事が起こったのはそのすぐ翌日。 いつものようにがツナと一緒に学校へ行く途中のことだ。

、ツナ君!おはよ」
「おはよう!」
「おはよー、京子ちゃん!(朝からついてるーっ!)」

分かりやすいツナの喜ぶ顔に、は、軽く頬を膨らませるも、京子ちゃんの言葉で、我に返る。

!おにぎりの具、何にするか決めた?」
「え。ううん、まだ。京子ちゃんは?」
「私もまだ。一緒に作ろうね」
「うん!」

と京子の会話に、ぽかんとした表情のツナに京子がツナに説明をする。

「ツナ君。今日の家庭科は、おにぎり実習なんだよ」
「へー、そうなんだ」
「あ。私、昨日、おにぎり実習のことツナに言ってなかったね」
「まぁ、あの状況だったしな…」

ツナの命を狙う殺し屋、ビアンキの存在により、は女子の家庭科が、おにぎり実習だという事をツナに話すのをすっかり忘れていた。 そんな話をしていたその時、だった。後ろから、チリンチリーンという自転車の音が聞こえてくる。

「自転車かな?」
「あ!」
「?」

達は、自転車の音に反応して後ろを振り返る。 避けようと道の端に寄ると、毒々しい美人な女性が缶ジュースを軽く投げてきた。 「どうぞ」と差し出された缶ジュースをがとっさに掴もうとした時、ツナが手を伸ばす。

「だめだ!!」

バチーン!

「「え?」」

ツナがと京子の前で鞄で缶ジュースをはじいた。 缶ジュースが道に転がり中身がでると、ジワリと毒々しい色を放っている。

「今の人…ツナ君の知り合い?」
「さ、さあ…?だ、誰だろーね!」
「…ぁ、なるほど」

京子の誤魔化すように笑うツナに、は、話に聞いていたツナの命を狙うビアンキの存在と、先ほどの自転車に乗る綺麗な女性の姿を頭の中で結び付けた。



「わー!、上手だね!」
「本当、不器用そうなのにね」
「酷いよ!花ちゃん!」

京子ちゃんのお友達で、私もすぐに仲良くなれたが、少し大人びた雰囲気のある黒川花ちゃん。 いつも私のことも気にかけてくれて、優しくて綺麗な女の子。

「だってあんた、前の時の縫い物の実習は最悪だったじゃない」
「それを言わないでよ!自分でも、家庭科では料理以外は最悪だってわかってるもん」

自分でも料理はお母さんや奈々さんが小さい頃から教えてくれてたから、結構得意な方だとは思う…。 ま、といっても今日はおにぎりだから料理とも言いづらい気がする。

「きっと先輩ものおにぎり、食べてくれるよ!」
「う、うん」

にこにこと笑う京子ちゃんに対して、何事もなく振る舞うように私も笑顔を返す。京子ちゃんには私が委員会の先輩におにぎりを渡すと言っている。 別にそれは嘘じゃない。だって、ツナに渡したいけど…迷惑、だと思うし。きっと京子ちゃんのが食べたいに決まってる…。
「はぁ…」と私が息を吐くと、花ちゃんが京子ちゃんに気付かれないようにこっそり私に耳打ちをする。

「ちょっと!委員会の先輩に渡すってなに?!沢田に渡すんじゃないの?」
「いや、そうしたいけど…先輩にはいつもお世話になってるから、渡したいのは嘘じゃないし」
「そんなのひとつあれば、事足りるでしょ!残りは沢田に渡しなよ!」
「うっ…」
「別にそこまであんたが沢田に気を使わなくてもいいんじゃない?そりゃあ、京子が沢田のことが好きだっていうなら話は別だけどさ」
「そう、なのかなぁ…?」

京子ちゃんには、私がツナが好きだってことは話してはいない。 隠しているつもりはないが、ツナの気持ちを知っているだけにそんなこと言えない…。ツナの邪魔になるようなことはしたくない。 まぁ、実をいえば、花ちゃんにも言った覚えはないんだけど…。 「あんたの態度を見れば、すぐわかるよ。気付かない方がおかしいでしょ。」と、花ちゃんに言われたのは出会ってすぐのころの話だ。

「ったく、あんたも物好きね」
「えー。そんな事ないよ」
「なにもあんなダメツナじゃなくてもいいでしょうに」
「ツナはダメツナなんかじゃないよ!」
「はいはい。そんなに好きなら、ちゃんと渡しな。後悔するよ」
「花ちゃん…ありがとう」

作り終えたおにぎりを腕の中で握りしめて下を向いている私の頭に、花ちゃんが優しく手を置いた。



「ゴメン!私、先輩のところ寄ってから行くから先に行ってて」
「うん!がんばって!」
「早くしないと送れるよー」
「分かってる!」

京子ちゃんと花ちゃんと別れて、私は作りたてのおにぎり3つとは別にこっそり作っていた、もう2つのおにぎりを両手で隠しながら廊下を上がる。

「…全部、先輩に渡しちゃおうかな」

でも、先輩にも受け取ってもらえるかは分からないわけだし…。
余ったら武や獄寺にでもあげればいいや。
よし。と気合を入れて、私は応接室の扉を開けた。


「こーんにーちわー!」
「うるさい。君がこんな真昼間にくるなんて…なにか用?」
「家庭科で作ったおにぎりをお届けにきましたー!」
「いらない」
「えー!私、そのために来たんですけど!」
「本当、物好きだね」
「(さっき花ちゃんにも言われたな…)」
「分かった…。食べられるならなんでもいいよ」
「失礼ですね!食べられますよ!自信作です!」
「そう。なら、そこに置いといて」
「はい!」

応接室の中央に置かれている大きなテーブルを指差すと、先輩は再び書類が積まれている机の方へ向かう。
雲雀恭弥。おそらくこの名前を知らない人は、ほとんど家の学校には居ないであろうほど有名人だ。 風紀委員長でありながら、不良の頂点に君臨するっていわれるほど。
そんな人がなぜ私と知り合いなのか…。それは、私が1年生になったばかりでの委員会決めの時だった。


委員会?確か強制だったよね…。楽なのがいいなぁ。とのん気に考えていた。
そしてパッと黒板を見たときに目に留まるのは、"風紀委員"という文字。
それって確かヤバいんだよね。不良の集まりだとか、目をつけられたら最後だとか…。 よくない噂は、入りたての1年にも伝わってきていた。 だから、男子は勿論女子なんか絶対に入りたがらない。

ちゃん、一緒にやろう」
「うん!」

隣の席の京子ちゃんが話しかけてくれて一緒の委員会に入る事になったものの…

「ゴメンね!京子ちゃん!」
「仕方ないよ。ジャンケンだもん」

希望の人数が多かったため、ジャンケンになったのだが、見事に私は負けてしまった。

「…あれ?ちょっと待って」

残りって、風紀委員だけじゃない?!

「いや!絶対にいやー!」
「気持ちは分かるが、行ってくれ!頼む!」
「先生ー?!」

私は、まるで生贄に送り出すような勢いで先生に土下座までされてしまった。
そうして、私は行かないわけにもいかず、緊張しながらも応接室へと訪れた。



「えっと…すいませーん」
「…なに、君?」

靡く黒い髪。肩に学ランを羽織り、私のことをきつく睨みつける。 とても噂に聞くような不良は見えないが…。

「あ、あの!私、一年の…」
「ぁあ、…で、あってるの?」

ちらりと机に乗る書類を見ると私の名前をいい、私の顔を見合る。

「はい!」
「話しは聞いてるよ。けど、女なんていらない」
「…はい?」
「帰っていいよ」
「は…はぁ…でも、そう言われても私が困るんですけど…」
「…どうして?」
「ほら、所属する委員会って強制じゃないですか。そうすると、私が所属できる委員会がないんですよね。」
「そんなの僕の知ったことじゃないよ。ほら、早く帰ってくれない?」

ふいっと私から視線を逸らし、後ろを向いてしまった先輩の制服の裾を掴む。

「ま、まってください!せんぱいー!もしそれで留年にでもなったら困るんですー!」
「知らないよ。その手を離さないと、女でも噛み殺すよ」
「私、役に立ちますよ!そうだ!私、そこらへんの男の子よりも強いですから!」
「君、僕の話聞いてる?」
「聞いてますよー!先輩にも負けないように私、頑張りますから!」

私がそういうと、ぴたりと先輩の動きが止まる。

「ふーん。つまり、君は僕より強いって言いたいの?」
「え…あ、いや、そういう力的な意味では…」
「いいよ。ならテストしてあげる」
「テスト、ですか?」

先輩が、懐から携帯を取り出しどこかに電話を掛けている。
意味が分からずに、その場に立ち事の成り行きを見守っていた私だったが、大人しく帰ればよかったと、その後、後悔することになる…。

「な、なにこれー?!!」

大勢の風紀委員であろう学ランをきた人達が大勢、応接室のドアの前に立っていた。

「聞いたところによると君、一応空手有段者なんでしょ?倒して僕の所までくれば認めてあげるよ」
「え…ぇええー!」
「それじゃ」
「ちょっ!ちょっとー!!」

パタンとドアを締められ、後ろから感じる殺気からもう後戻りが出来ないと悟る。

「やるしかないか…」

正直、空手は好きでやってたわけじゃない。 ただ、お父さんが「自分の身は自分で守れるようになれ」と言ったから。 私は、幼いころから今までその言葉に忠実に生きてきた。 だから、数日前にもう通っていた空手道場はやめた…。 だって…。そこには、私より強い人はもういなかったから。

10分後…

ドン!!

「ん?」

応接室の外から、響いたけたたましい音に雲雀はドアの方へと向かう。 ゆっくりとドアを開けると、倒れこんでいた大勢の部下たちの姿に思わず目を開く。

「はぁ、はぁ…。先輩…?」

聞こえてきた彼女の声の方に顔を向けた瞬間、力が抜けた様に彼女の体がぐらりと倒れた。

「どいつもこいつも情けないね。本当」

思わず目の前で倒れかけた彼女の体支えながら、辺りを見渡して雲雀はぼそりと呟く。

「いや、それとも…強いのは君の方かな」

腕の中で眠るように気を失った彼女。 はじめは、ただの興味だった。どれくらいの実力者か試したかっただけだった。 信じてなどいない。信頼できるのは自分だけだと雲雀はそう思っている。 だけど、これほどの強さを持ちながらも彼女が自分を見た時の瞳があまりにも無垢で純粋だった…。

「変な小動物を手に入れた気分だよ」

クスリと笑い、彼女の体を抱きかかえ応接室へと入った。



私は、目が覚めると応接室のソファの上だった。

「あ、あれ?」
「気づいた?」
「え!ま、まさか先輩が運んでくれたんですか?!」
「そうだけど」
「す、すいません!」
「…明日から書類整理だよ」
「え?」
「きっちり働いてもらうから」
「先輩!いいんですか?!」
「覚悟しなよ。使い倒してあげるから」
「そ、それはそれでちょっと…」

しかしその時に、すでに私は気づいていたんだ。 先輩が…雲雀恭弥が優しい人だということに…。 それからというもの、暫く私は毎日のように放課後に応接室へと通い続けることになった。

「聞いてください!雲雀さん!」
「手を動かしなよ」
「それどころじゃないんですよ!」
「もう君の幼馴染君の事は聞きたくないよ」
「そんな事言わないで聞いてくださいー!」
「知らないってば」
「実は今日、体育の授業でー」
「…君、本当僕の話聞かないよね」

雲雀さんには、毎日のようにツナの事を聞いてもらっていた。
ここまでクラスメイトや周りのの目を気にせずに、 自分の思いを気兼ねなくさらけ出せることができるのが、 何事にも興味が無さそうな雲雀さんだけだったからだ。

「雲雀さん!私、どうしたらいいですか?!」
「諦めたら?君だって望みがないって分かってるから、僕にそんなつまらない話を毎回してるんでしょ」
「そんなひどいこと言わないでくださいよー!」
「…」


「それじゃあ、恭ちゃん先輩!私は、教室に戻りますね!」

いつからか私は雲雀さんを恭ちゃん先輩。と呼ぶようになっていた。
最初は呼ぶたびに、「なにその変な呼び方」ってすっごく怒られたけど何度も私が呼ぶうちに諦めたようだ。 たまに今でもよくツッコまれるけど…気にしない。

「また来ますね!」
「もう来なくていいよ」
「またまたー、そんな事言わないでくださいよ!書類整理、手伝いますから」
「…早く行かないと渡せなくなるよ」
「え?」
「それ、君の幼馴染君に渡すんでしょ」
「あ…はい!もちろん!それじゃ、いってきまーす!」

私が密かに抱いていた臆病な思考を恭ちゃん先輩は見破っていたかのようにそう言った。
ツナに渡すおにぎりを腕の中に持ちながら、私はドアを開けて応接室を出た。

「…」

雲雀は、が置いていったおにぎりにそっと手を伸ばす。
いつの日か本当に毎日馬鹿のように来て、当たり前のように笑顔を見せる君…。
恐れを知らない君への気持ちに気付いたのは最近だった。

「いい加減、諦めればいいのに」

何度、彼女聞いたかわからない幼馴染君の存在に怒りを感じたか分からない。 だけどそれと同時にそこまで彼女を夢中にさせている存在に出会ってみたいとも思う。 そして…。
――絶対にいつか噛み殺してあげる。
雲雀は、おにぎりを握る手に思わず力が入った。


「ツーナー!」
?!お前どこに行ってたんだよ!大変だったんだぞ!」
「大変って?」

どうやら学校にビアンキが来て、ポイズンクッキングで危うくツナは死にかけたらしい。 リボーン君が死ぬ気弾をツナに撃ったおかげで、なんとか助かったそうだが…。

「死ぬ気になりすぎて余計に腹へったぁ」
「あ…えっと、食べる?」

ツナの言葉に、は抱いていたおにぎりを小さく差し出す。

「え?」
「わ、私が作った奴で悪いけど…」
「そんなことないよ!」
「食べてくれる?」
「うん。ありがとう」

どういう形であれ、ツナが私のおにぎりを笑顔で受け取ってくれたことで、先ほどまでの不安が嘘のようだ。 思わず顔がニヤけてしまう。

「ツナ大好き!」
「な、なんだよ!突然!」

私はそんな優しいツナが大好きです。