35話 二つの顔


「私、絶対ツナのお嫁さんになるの!」

そう言っていたのは、いつからだっただろう?


「え…なに?」
「奥の部屋に行っててもらえますか?」
「…わかった」

骸君は、少し表情を強張らせながらドアをみつめていた。嫌な予感がどんどん大きくなっていく…。


「山本ッ!!」

骸退治へと、ついに閉鎖した黒曜センターまでやってきた俺達だったが、突然襲いかかってきた獣に驚いていると、山本は、土砂に埋まっていた植物園に落ちてしまった。

「これだけ離れてちゃ、手だせねーな」
「山本気をつけて!!カゲに何か獣がいる!!」
「カンゲーすんよ…山本武」
「!?」


「…」

骸君に言われて、私一人で奥の部屋にこもっていたその時だった。微かだけど、壁の向こう側から話し声が聞こえてきた。

「わ…の援軍も…到着…たから」

私は、そっと壁に耳をやった。
なんの話…?さっきまで散々私の目の前で自分たちの構想を話していたのに、突然、向こうの部屋に行けなんて言うのも思えば、不自然だった。 援軍?聞きなれない声に私は静かに耳を澄ませる。

「久々に、脱獄仲間に…たって…に」

これは、女の子の声?脱獄仲間?でも、一体なんの相談…?

「ボンゴレの首は、彼らに…」
「!」

聞こえた単語に私は思わず声が出そうになる口元を押さえる。 そうか…だから私に聞かれないように、この部屋に閉じ込めたんだ…。 ボンゴレの首…ツナが、危ない…!



「カートリッジをとりかえると、いろんな動物の能力が発動するわけよ」
「!!」
「山本!!」

山本を襲おうと、獣のように髪を逆立てる黒曜生が牙をむいた。


「おとぎ話の囚われのお姫様は、王子様が来るまでじっと待ってる。か…」

そんなおとぎ話のようなお姫様に、世界中の女の子は、子供のころに一度は憧れただろう。 私だって…ずっと…ずっと追いかけてきた。そんなお姫様に憧れていた。

「お姫様なら…助けてって…いうのかな」

王子様に可愛くそう願うのだろうか。大好きな人に、そう言うのだろうか…。
だけど、それなら…私は…。

「私は、やっぱりお姫様にはなれないなぁ」

私は、さっきまで重かったはずの腰を上げて立ちあがる。

「さっき聞こえた言葉から予想すると…」

脱獄仲間といっていたから、おそらく骸君たちの援軍が到着したのだろう。 さっき聞こえた足音と話声からすると…。

「自信ないけど…5、6人かな?」

そして、彼らが狙っているのはボンゴレの首。つまりツナの命だ…。
どうやら、最初に骸君が私に言っていた話はやはり真実なのだと確信する。

―「今はマフィアの殲滅と世界滅亡を望んでいます」

そんなこと…何に変えても絶対にさせてあげるもんですか! 私は、お姫様にはなれない。だって私は大好きな人が傷つくところを見たくはないから。


「こいよ。こいつぶち当ててゲームセットだ」
「山本…」

リボーンに、秋の大会で体をかばっていた山本を助けろ。 といわれ、突き落とされてしまった俺を助けようと逆に助けられてしまっているのだから、情けない…。

「めちゃくちゃ速ぇー…」
「いたらき!!」
「山本!!」

山本の左腕を噛み砕くように喰らいついたその時、山本は待っていたようにいう。

「お互いさまだぜ!!」

ガッ!!

「キャン!!」

山本の折れたバットの先で思いっきり頭を殴られた城島犬は、ドサりと倒れこんだ。 山本…俺を…俺を助けるために、左腕を捨てるなんて…!あんな戦い方…。

「ゴメン!山本!!俺のせいで腕を…野球あんのに!大会あんのに!!」

地面に手をついて俺は、腕を痛そうにする山本に謝る。

「ん?おいおい!勘弁してくれよ、ツナ!いつの話してんだ?」
「…へ?」
「ダチより野球を大事にするなんて、お前と屋上ダイブする前までだぜ」
「や…山本…」

その時、リボーンがニヤりと笑っていたなんて俺は気づきもしなかった。
ディーノさんの情報によると、今、山本が倒したのは主要メンバーの城島犬。
主要メンバーの3人組の写真をみる限り、絶体絶命の危機に陥るたびに人を殺してくぐりぬけてきたらしい。 写真を見ると、あからさまに怖そうな表情で睨んでいる長身の男が写っている…。彼が六道骸…。その話が本当かは定かではないが…。

「やっぱめちゃくちゃ怖えーー!」


六道骸…

「全然、怖そうな人になんか見えないんだよねー」

そして、あんなに切なく笑う人もいないだろう。 でも、ツナ達を殺そうとしているのも、また事実。 そう。これは、決して見過ごせることではない。 私が物思いにふけっていると、ガチャリとドアが開いた。

、お待たせしました」
「…骸君」

骸君は私を見ると、私の様子で何かに気がついたように目を閉じた。

「こちらにきてくれませんか?」
「ごめんなさい。もうそっちには行けない」
「その目は…なにかを決断した目ですね?」
「私、骸君を止めなくちゃいけない」
「…彼の為にですか?」

その彼というのが誰のことを言っているのかは、一目瞭然だった。

「これからも思いが通じなくてもですか?」
「ど、どうしてそれを…。って、あーいや、今はそんな話じゃないよね。うん。それは関係ないよ。私はあなたと一緒にはいけない」

私が目をそらした瞬間、彼は私に近づき、無理やり視線を合わせる。

「僕ならにそんな顔はさせませんよ」

まただ…。また、脳内に優しい声が流れてくる。何かに洗脳されるようにぐるぐると頭が回る。思考が停止してなにも考えられなくなってしまう。

「っ!やめて!私をここから出して!」
「あなたにはここに居てもらわなくては困ります」
「わ、私に人質の価値なんてないよ。だって私はツナの…ううん。ボンゴレ10代目の重荷になるなら、いつでも死ねる覚悟がとっくの昔に出来てるの」
「…全く、本当に困った人ですね。無自覚とはいえ、ここまでとは」

骸君は息を吐いた後、再び真っ直ぐに私を見る。

「貴女は分かっていないだけ…。いや、正確には知らされていないだけです」
「な、なんの話?」
「僕にとって貴女ほど価値のある人はいないんですよ」

一体、どういう意味なのだろうか…?私が息を飲むと骸君はいつものように笑ってみせる。

「安心してください。傷つけたりしません」
「こ、こないで…」

逃げなきゃ…。なんとか隙をついて、ツナ達の所にいかないと…。 ちらりと私は骸君の後ろに見えるドアへと目をやる。動け、動け。と思っているのに、なぜかさっきから足が重くて、頭がふらふらする。

しっかりしろ、…。私がここにいたら、きっとツナだって危険になるんだから…。 そう、思っているのに、次は視界がかすんでくる。

「くっ…。骸君、あなた私になにか…」
「おや、さすがですね。まだ意識がありますか。貴女はもう逃げられませんよ」
「なにを…」

頭が痛い…。尋常じゃない指すような痛み…。 骸君が微笑むと、突如、過去の記憶がフラッシュバックを起こすように私の脳内に流れ込んでくる。

「っ!」
、あなたはどこにも行くところなんてないんですよ」
「ち、違う…私は、ここにいちゃ…」
「いいですか。僕は、最初にこう言いました」
「や、やめて…」
あなたが欲しい、と」
「いやあああああ!」

激しい頭の痛みと共に私は完全に意識を手放した。


骸は気を失ったを抱きかかえる。

「少し手荒になってしまいましたか…」

彼女の目に映っていたのは、目の前にいる自分であったはずなのに、あの目は完全に自分ではない人を守りたいと願っている目だった…。

「次が最後です。もうすぐ貴女は僕のものですよ」


「ひぎゃあああああ!!」

さらに奥へと進んできた俺たちは、骸に雇われたのであろう女の子をビアンキがやっつけたと思った矢先に、またしても新たな刺客が俺たちの前に立ちふさがっていた。

「いいんですか?お友達が狙われてますよ」
「京子ちゃん!ハル!!」

壁もモニターに映しだされた2人の姿…。

「私の名は、バーズ」

彼はニヤリと俺たちを見た。