42話 戻って来た日常


黒曜での骸達との戦いの後、俺たちは日常を取り戻した。
俺は普段と変わらないダメライフで、リボーンやランボ達には振り回されっぱなしだ。
そして、先日目を覚ましたばかりのも、検査と治療を終えて退院できた。
これで、本当に何もかもが元通り…なんだけど。

「リボーンのやつ、人に無茶苦茶な量の課題させといて、自分はお昼寝とか…」

ツナは、リボーンに出された膨大に積み上げられた数学のプリントを渋々しながらも一枚づつ片付けていく。
自分もサボって寝てしまいたいところだが、そんなことをすれば後でリボーンから何をされるかわかったものじゃない。
溜息をつき、頭を抱えながらもつつもペンを走らせる。そんなツナの背後に人影がゆっくりと近づいてくる。

「ツナーーー!」
「のわぁあああああ!」

聞きなれた声と共に突然背後から襲ってきた柔らかな抱擁に思わず、ツナは叫び声をあげる。

?!お前、突然後ろから抱きついてくるとびっくりするだろ!あー、心臓止まるかと思った…」
「あはは、ごめん。ツナがそんなに集中してるとは思わなくて」
「し、仕方ないだろ、この量片付けなくちゃいけないんだから」
「相変わらずリボーンくん、スパルタだね」

ツナの横でスピーという寝息を立てているリボーンの方をがちらりと見て笑う。

「それでは何しに来たの?」
「そんなの決まってるじゃない。もちろん大好きなツナに会いにきたんだよ」

そういうの言葉にツナの動きがぴたりと固まったと思うと、 「ああああー、もう!」と言いながらツナは頭を抱える。

「どうかした?ツナ」
「別になんでもないよ!」

そう。これが俺たちの日常だった。
骸の強烈なマインドコントロールによる影響で意識障害に陥った後、 目を覚ますと骸達のことを覚えていなっただったが、特に普段の生活で支障はなく今までと何も変わらない。
それは、よかったんだけど…。俺は、今まで見て見ぬふりをしていたへの自分の気持ちに気付いてしまったから。
今までと変わらないなんて、無理だ。

「ツナ?」
「あ…。いや、あのさ!!こっち!隣、座ってくれる?」
「え?」
「この課題、ちょっと見て欲しくて!手伝ってよ」
「…もちろん!」

は嬉しそうな笑みを浮かべてツナの横に座り込むと、ツナの左腕に自身の手を巻きつける。

「な、なにしてんだよ!」
「いいでしょー!ちょっとくらい!大丈夫!ちゃんと手伝ってあげるから!」
「うっ…まぁ…別にいいけどさ…」
「よーし!じゃあ、頑張ろう!」

腕から伝わってくるの温もりが、隣に居てくれていると証明してくれる。
笑顔で俺に微笑むと俺まで嬉しくなる。今なら、俺のこの気持ちを素直にに言える気がして、 「(よし…!)」と俺は意を決して、の方を見る。

「あの、…俺さ…」
「なに?」
「俺、に言いたいことが!」
「オレの課題を放り出して、女とイチャつくとはいい度胸だな。ツナ」
「っ!!」
「へっ?!」

その声がしたと共に、ドゴッ!と背後からの蹴りがツナにクリーンヒットし、 ツナが机に倒れ込みの手がツナから離れる。

「リボーン君!」
「べ、べつに、放り出してないだろ!ちゃんとやってるよ!」
「そうか?俺には、俺が出した課題を口実に好きな女を部屋に…」
「わーーー!わーーー!」

リボーンの言葉を慌ててさえぎるように大きな声を上げるツナ。 は、きょとんとした表情で見ている。

「リボーンお前、もしかしなくても全部見てただろ!!」
「さぁな」
「最悪だよ…もう…」
「サボってないでさっさとやれ」
「いてててて!」

リボーンは、ツナの腕を摘まみあげて再び無理やり課題へと向かわせる。 「頑張れ!ツナ!」と応援するの声だけが楽しそうだった。


「え?家光さん、帰ってくるの?」
「二年間一度も帰ってこなかったくせに。意味わからないよ。あの親父」
「うーん。でも私もうちの親が何やってるのかとかよく分かんないけどなぁ」
のとこはおじさんもおばさんもよく帰ってくるの見かけるし、電話だって忙しいって言っても必ず毎日来てるじゃないか」
「まぁ、そうかな」
「うちの親父なんか全然帰ってこない上に、仕事だって言っても外国で石油掘ってるとかさ。さっき母さんが言ってたけど、これ見てどう信じろっていうんだよ!」

そう言ってツナは、家に届いたというツナのお父さん…家光から届いたというハガキをに見せる。
北極のペンギンのハガキに、“もうすぐ帰る 父”と書かれている。
確かに、これを見れば少しツナが頭を抱えるのもわからなくはないとは思う。

「でも私は好きだけどな。家光さんの話、面白いし」

ここ二年間、も一度も会っていないが、小さい頃はよくツナと一緒に遊んでくれたのを覚えていた。
その時に、家光さんはいろんなお話をツナと一緒に聞かせてくれた。
なかでも一番記憶に残っているのは、実はかぐや姫の血を引く人間が存在していて、今も地球で隠れて暮らしている。
というおとぎ話を元にして作り出した家光の創作の話だろうけど、面白かったなとは微かな幼き頃の記憶を思い出してクスリと笑う。

「お前は他人事だからそんなこと言えるんだよ!あんないい加減な親父いやだよ!」
「えー!そんなことないよ!だって、ツナと結婚したら、私のお父さんになるわけだし」
「ま、またお前はそんな台詞!心臓に悪いこと言うなよ!」
「あはは!やっといつもツナだ」
「え…」
「今日、私が来た時からツナちょっと様子が変だったから。ずっと家光さんのことで悩んでたの?」
「あ…いや!それは違うくて!」
「違うの?」

部屋に来た時から、を意識していたからだなんて口が裂けても言えないツナは恥ずかしさと気まずさでから目を逸らす。
だけどツナは、が自分を元気づけようとしたことを察すると、 「あー、えっと…うん、ごめん。ありがとう」と再びの方を見てそう言う。
は「どういたしまして」と微笑んだ。

「それより、さっきツナ、私に言いたいことがあるって言ってたけど…」
「え?!あ!そ、それは!」

の言葉に、顔を真っ赤にしたツナがビクッ!と大きく肩を揺らす。

「(このタイミングで、に告白し直すなんて無理だよ!心の準備ができてないよ!!)」

どうやって話を誤魔化そうかとツナが必死に思考を巡らせていたが、がツナより先に口を開いた。

「それって、さっきの家光さんの話だったの?」
「……え?」

思いもしなかったの勘違いに、助かった…!というように、ツナは話を合わせる。

「そ、そうなんだ!に聞いてほしくて!」
「やっぱり」
「(ど、どうしよう…。またに嘘ついちゃった…)」

ごめん。と心の中でツナはに謝りつつも、 二人の間でやはり、とてつもない勘違いが生まれてしまっていることに深く息をついた。

「それじゃ、私そろそろ帰るね。また明日ね」
「あ、うん」

が手を振り、ツナの部屋を出る。 ぱたりと部屋のドアが閉まると、ツナは一人頭を抱えて叫ぶ。

「ああああ!もう!あいつあんなに鈍かったっけ?!いや、お陰で助かったけどさ!!」

この状況は、仕方のないことだということは分かってる。
今迄、見て見ぬふりをして、気づかないふりをして、誤魔化していたのは自分だ。
誰よりも近くでを見ていたつもりでいた。
だけど、ちっとも自分はのことを見ていなかったんだと思い知らされる。
あの時の骸の言葉が未だに胸に刺さる。

――「彼女は、貴方に必要ないのでしょう?」

ぶんぶんとツナはその言葉を振り払うように首を振る。
違う…違うんだ…。甘えていただけだ。
が居なくなって、初めて自分の気持ちに気づくなんて…。
本当に自分はダメツナだ…。と何度思ったか、後悔したかわからない。
それなのにまた繰り返そうとしている。

「もう絶対にあんなことは…」
「うぜーな、お前」
「いてぇ!!」

ゴスッと嫌な音が鳴りながら、ツナの脇腹にリボーンのキックがさく裂した。

「なにすんだよ!そ、そうだよ!もとはといえばお前のせいだぞ!さっきだって邪魔が入らなかったら…」
「別に邪魔なんてしてねーぞ。それに、あのままにお前の気持ちを伝えたところで結果は一緒だぞ」
「は?」
はお前が自分のことを好きだなんて、毛ほども思ってねぇからな」
「そ、そんなにストレートにショックなこと言うなよ!!」
「本当のことだぞ。あいつはお前が笹川京子のことが好きだと知ってんだ。そこのところ、はっきりさせとかねーと一生このまんまだぞ」
「わかってるよ!だから、それをちゃんと言おうと…」

ちゃんと…なにを言うんだ…?
リボーンに言い返そうにも、自分の中で気持ちが本当に気持ちがまとまっているのか?という疑問に気付く。

「…っ!」

ツナは不貞腐れるようにベッドに横になり布団を被る。
京子ちゃんのことが好きだ。だって、こんなダメツナの俺に…京子ちゃんはいつも優しくて、自分に笑顔をくれたんだ。
今でもその笑顔がまぶしくて、温かくて…。元気を貰えるんだ。

――「あなた…どちら様ですか?」

全く自分を見ていないの怯える瞳。
思い出すだけで、あの時に起こった出来事に目を塞ぎたくなる。
だけどそんな中だからこそ、気付いてしまった…。
憧れ以上に大事にしなくちゃいけない存在。
誰にも渡したくないって…。傍にいて欲しいって…これからもずっと自分のことを想っていて欲しいって気付いてしまったんだ。
幼馴染のという誰よりも近くにいた存在の大きさに。