Memory of The First Love -蒼い満月-


「はぁー?!わざと負けろー?!」

桜吹雪の元から、明日のエキシビションマッチの対戦表を受け取り帰ってきた大石と手塚から言われた言葉に一同は、声をそろえて驚きをみせる。

「俺たちに八百長しろってことっすか?!」
「なんでまた!」

真っ先に怒りをあらわにした桃城と海堂が、大石と手塚に詰め寄る。

「明日の試合は、賭けテニスなんだそうだ」
「賭けテニス…」
「なるほど」

が考え込むように小さく呟く横で乾は、納得したように眼鏡を光らせた。

「ここに集まっている客は皆、賭けテニスの客だが、結果として俺たちに賭けた客の方が多かった。なので俺達、青学にわざと負けさせ、自分は大金を得る。ということか」
「そう言う事だ」
「越前リョーガもグルだったよ」
「へえ…」

大石の言葉にも、動じる様子もなくリョーマはそっけなく答えた。

「おそらくこの船に乗っている全員が桜吹雪彦麿の仲間だろう」
「俺たちは、無事に日本に帰りたければ、言う事を聞けと言われた。そこで皆の意見を聞いておきたい」

大石と顔を見合わせた手塚は、全員の方を見てそう尋ねる。しかし、皆の意見はもうすでに決まっていたのだ。

「八百長なんか、誰がするかってーの!」

一同が菊丸の言葉にうなずくと、大石も笑顔で答えた。

「決まりだな」
「だが、ここは連中の船の中。逃げ場はない。不本意だが、賭け試合は行ったほうがいいだろう」

乾の言葉に頷き、手塚は全ての意見をまとめあげる。

「ああ。しかし、八百長は絶対にしない。それでいいな」

手塚の言葉に、一同は強く頷いた。 皆が意気込む中、乾はそんな皆の様子を嬉しそうに見ていたに話しかける。


「はい?」
「ここは、敵の懐の中。一番に狙われる確率が高いのは、女であるお前だ」

そんな乾の言葉には、大きく目を開く。
すると隣で話を聞いていた手塚も深く乾の言葉にうなずいた。

「そのことは俺も心配していた。乾の言う通り今の段階では、何が起こるか予想がつかない。なるべく一人で行動はするな」
「はい。でも心配は無用です!なにがあっても、私は大丈夫ですから」

深刻で不安そうな表情をする乾と手塚に対して、は、そう言って優しく微笑んだ。
そんな中、ラケットを手に部屋を出ようとするリョーマに気付いた手塚は、リョーマに視線をうつす。

「越前、どこへ行くんだ?」
「…練習」
「リョーマ?」

どこか様子が可笑しいリョーマの後を追うように、が部屋を後にしようとすると、それに気付いた手塚がに声を掛ける。

!もしなにかあれば、すぐに俺たちを呼べ」
「あ、はい!」

手塚の言葉に、一端立ち止まり大きく返事を返したは、再びリョーマの後を追って部屋を出た。


プールサイドのベンチに腰掛けながらリョーマは、ポーン、ポーンとボールをラケットの縁。フレームで、上手く器用にリフティングをする。

「……」

後を追ってきたは、そんなリョーマの後ろ姿を発見するが、リョーマはが後ろに居るのにも気付かず何か深く考え込んでいるようだ。
そんなリョーマに、不安になるもは、顔をあげてにっこりとした笑顔を作り、リョーマの背後にゆっくりと近づく。

「リョーマ!!」
「え…うあっ!」

突然、後ろから聞こえてきたの声に気を取られたリョーマ。
ラケットのフレームで一定のリズムを保っていたボールは、リョーマの集中力が切れたことにより、ラケットの縁を捉えずにスルリと下に転がり落ちる。
すると、テニスボールはそのまま地面を二、三度跳ねてプールにポチャリと音をたてて沈んでしまった。

「はぁ…」

微かに月に照らされたプールの水面に浮き上がってきたテニスボールを目にしたリョーマは、大きくため息をついた。

「ご、ごめん!リョーマ!」

は、口元に手を当てて驚かせてしまったことを悔やむも、急いでリョーマの元に走り寄る。

「私が拾うね」

ビーチサイドにしゃがんで、はプールの水面に浮かぶボールに手を伸ばす。

「よいしょ…もう、ちょっとー…」
「…危なっかしいんだけど」

真っ直ぐに手を伸ばして、懸命にプールに浮かぶテニスボールを取ろうとするの様子を後ろから眺めるリョーマ。
今にも落ちそうな彼女の行動にたまらず声を掛けた。

「だいじょうぶー…あ、とれた!って、ひやあっ!」
「ちょっ!」

ボールに手が届いた瞬間、足から体勢を崩してしまったを助けようと手を掴むも、 残念ながら、それもやや遅かったらしく手を掴んだリョーマも、体勢を崩したと一緒にバシャーン!と音をたててプールに落ちた。

「っ!…ぷはあっ!」

が、プールの水面から顔を出すと巻き添えを食って共にプールに落ちたリョーマは不服そうにを睨む。

「……」
「ごめん!大丈夫?!リョーマ」
「馬鹿馬鹿しくて、怒る気にもなれないよ」

どうやら今日はとことん上手くいかない日らしいとは、悟る。 眉を下げてしょんぼりとするを横目に、リョーマは自然と口元が緩んだ。

「ドジ」
「うっ…」
「だから、ごめんってばー!」

何も言い返せないは、逆切れしつつも落ちた原因であるテニスボールを無理矢理リョーマに手渡す。 するとリョーマはから受け取ったテニスボールを、じっと見つめて小さく呟く。

「でもまぁ、一度濡れたものは次になにしようが一緒だよね」
「…え?」

リョーマにボールを渡して、がプールから出ようとビーチサイドの地面に力を入れ、腕の力で地面に上がろうとしていたその瞬間、 後ろから伸びてきた手がの肩を掴む。
確実に強い力で後ろに体重がかかったは、再び勢いよく背中からプールに沈められた。

「きゃっ!」

先ほど自分から落ちた時よりも、さらに深くプールに沈んだは、ゴボッ!と水の中で息が漏れる。
一瞬だけクラリと水の中で意識を失いそうになったが、「やばい!」と悟った瞬間、 リョーマによってグッと腰を引き寄せられ、唇を直に塞がれると直接、リョーマの口からの口の中に空気を送り込まれる。

「ッ!」
「……」

水面下で思わない出来ごとに直面しているは目をパチクリとさせる一方、リョーマは何事もないようにに自分の唇を重ねて深く口付ける。
なかなか離してくれないリョーマの舌に翻弄されて、不覚ながら快楽とも言える体の熱りを感じるようになってしまう自分が情けない。
ただ、いつもそんな情けない自分が許されているのは、相手がリョーマだからだ。

「くっ!はぁ、はぁ…」

ようやく解放されて水辺から浮き上がるとは、未だにリョーマに腰を支えられながらも大きく地上の空気を吸う。

「どうだった?」

リョーマは、悪戯が成功した子供のように口角を上げてにそう言った。

「な、にがっ!」
「分かってるくせに」
「…死ぬほどドキドキしたかも」

豪華客船の空から光を灯す三日月は、どこかいつもより青白く二人を照らすのだった。