Memory of The First Love -満月の裏-


「あーあ、本当に全身びしょ濡れ…」

プールから出ると、全身が濡れたとリョーマの体から水滴が地面にこぼれ落ちる。
どうしたものか…とがビーチサイドに座り込んで考えていた時、ふとリョーマが口を開いた。

「あのさ…」
「なにー?」
「このまま戻るわけにもいかないし、乾かすついでにもうちょっとここにいない?」

そう言うと、リョーマはベンチに置いてあったタオルをの頭に被せる。

「え?これって…」
「もともと練習するつもりだったから」
「持ってきてたの?」
「ん。風邪引くから、それ羽織ってなよ」

がリョーマの言葉にうなずき、リョーマから借りたタオルを肩に羽織る。 リョーマはそんなの隣に静かに腰掛けた。

「…正直、俺も詳しく知らないんだよね。ある日突然、親父が勝手に連れてきたから」
「それって…お兄さんの話?」

リョーマは、の問いに静かに頷く。

「どうせ親父のことだから、成り行きで引き取ることになったんだろうけど…名前だって"越前リョーガ"なんて、親父が勝手に付けたに決まってる」

リョーマが自分から昔の自分の話をし出すなんて珍しいだけに、相当悩んでいる様には感じる。
ただ、どうにか弁解をして元気づけようにも確かに、南次郎さんならあり得る話なだけには、頭を抱えつつもリョーマの話に耳を貸していた。

「なのに、いつの間にか居なくなって、それがなんで今更…っ!ぃて!」
「え?」

そんなリョーマの話を遮るかのように、リョーマの頭の上にオレンジが落ちてきた。 リョーマは、咄嗟に頭上から落ちてきたオレンジを掴む。

「「オレンジ…?」」

とリョーマの二人は、立ち上がってオレンジが落ちてきた方向を見上げる。 するとそこに居たのは予想通りの人物だった。

「テニス、少しは上手くなったみたいじゃねーか、チビスケ」

上の階のデッキで、リョーガは先ほどリョーマがしていたのと同じようにテニスボールを上手くラケットのフレームでリフティングをしている。

「あんたは、ものすごく下手になったんじゃない?」
「言うじゃねーか!ハハハ!」

リョーマの言葉をあざ笑うかのように、リョーガは声を出して笑う。
そんなリョーガに対して、リョーマはムッとした表情を見せると置いていたラケットを手に取り、オレンジを大きく頭上に放り投げる。

「リョーマ?!」

が止めるのも聞かず、リョーマは背を向けたままのリョーガを狙い打とうと、ちょうどいい具合の高さに降りてきたオレンジをラケットで、バシッ!と音をたててサーブを打った。

「おっと!へへっ!」

リョーガは、勢いよく真っ直ぐ自分の方に飛んできたオレンジを軽くラケットで受け止める。
リョーガのラケットの上では、テニスボールとオレンジが二つ交互にポンポンと音をたてて弾かれている。

「やっぱりよ!テニスってのはいいよな」

ラケット一本、ボール一個で、言葉の壁も人種の壁も越えて、分かり合えるとリョーガは言う。
しかし、そんなことを今の彼に言われても、どうも嘘くさいセールス程度にしか聞こえず、説得力なんてあったもんじゃない。

「八百長持ちかけた人に、言われたくないんだけど?」

リョーマがそう言うとリョーガは、また声をあげて笑う。

「ハハハ、そりゃそうだ」

リョーガは、デッキの手すりに飛び乗り、ラケットでオレンジとテニスボールを弾ませながら手すりの上をバランスを上手く取って歩く。

「よっと…おまえんち、飛び出した後な。行くあてもなく町を渡り歩いていた時に、あの桜吹雪のおっさんに誘われたんだ」

は、手すりの上を上手く歩くリョーガを目で追いながら睨みつける。

「八百長テニスも面白いもんさ。世の中を裏側から見ている様なもんだからな。ま、お前には分かんねーだろうけど!っと…」

そう言ってリョーガは、軽く手すりの上から飛び降りると、同時に、ラケットで上手く弾ませていたオレンジとテニスボールを右手で捕らえた。
は、そんなリョーガの言葉に思わず拳に力が入る。

「当たり前です!そんなのリョーマには必要ありません!」

黙って聞いていられなくなったは、怒った様にリョーガに叫ぶと、リョーマとリョーガ、二人の視線を集めた。

…」
「貴方達の汚い大人の世界なんかに、リョーマ達を巻きこまないで!」

がそう言うと、リョーガは手すりに肘をつき、面白そうにニヤリとした表情で目を細める。

「水色も良いが、お前ならピンクも似合うと思うぜ」
「は?」

リョーガは、ニヤリとした表情でのTシャツを指した。

「下着。透けてるぜ」
「えっ!」

リョーガに指摘され、自分がびしょ濡れであったことを思い出したは、頬を赤く染めて急いで手で前を隠す。
そんなとリョーガのやりとりを見て、リョーマは深くため息をついた。

「だから、タオル羽織ってろって…」
「ご、ごめん…って!違うでしょ!こんな時に、からかわないで下さい!」

は、リョーマからリョーガへと視線をかえて睨みつける。

「ハハハ!その反応は、相変わらずだな。…チビスケ!もし俺がこいつを欲しいって言ったら、どうするよ?」
「「は?」」

突如、思いもしなかったリョーガの言葉に、リョーマとは、同時に声を上げてリョーガを見上げる。

「聞いたぜ。お前ら、付き合ってんだろ?」

リョーマは、リョーガの言葉でをちらりと見た後、真っ直ぐにリョーガを鋭い目で睨みつける。

「…別にどうでもいいよ」
「ちょっと!」

思わずは、リョーマの返答に一瞬怒りを覚えるも、事の成り行きを見守っていると、リョーマは表情を一切変えずにリョーガに言ってのけた。

「どうせ俺、あんたに勝つから」
「リョーマ…」
「ハハハ!お前も相変わらずだな」

そんな思いもしなかったリョーマの言葉にが目を見開いてリョーマをみた一方で、リョーガは楽しげにリョーマを見る。

「でも残念だったな。俺の相手は、やけに爺むさいお前んとこの部長様だ」
「え?」
「おっと、ガキはもう寝る時間だぜ。じゃあーな!」

ニヤリとした表情を見せて、リョーガはとリョーマの前から去った。

「…リョーマ」

一人どこか寂しげにたたずむリョーマ。 は、そんなリョーマの右手をは、握りしめる。

「勝って!」
「え…」
「明日、何があっても相手が誰だろうと負けないでよ。リョーマ」
「…当然」

リョーマは、の思いに応えるように指を絡めての手を強く握り返した。