Memory of The First Love -運命の真相-


「はぁっ!」

リョーガが左手でサーブを強く打つと、ボールは鋭いスピードでリョーマから避けるように大きく曲がって跳ねあげた。

「(ツイストサーブ!?)」

リョーマがラケットを振り抜いた瞬間、リョーガが放ったボールは上手くリョーマのコートに入った。

「これがサムライ南次郎直伝の本家ツイストサーブだぜ」
「…あ、そう」

リョーマがムッとした表情でラケットを構えると、リョーガは再び大きく空に高くボールを投げる。
しかしリョーマがリョーガとの試合で苦戦をしている間、達も大変なことになっていた。

「きゃあっ!」

追手に追われて、ずっと走りっぱなしだったせいか足がもつれてしまったは、バタン!と廊下に倒れこむ。

!」

桃城は、の手が自分から離れたことに驚いて、立ち止まり後ろを振り返る。

「待てー!」

しかし、その間にも何人もの追手が達に迫ってくる。 それを悟ったは、自分の方へと戻ってくる桃城に叫ぶ。

「桃!先に行って!」
「はぁ?!何言ってんだよ!」
「お願い!私なら大丈夫だから!」
「お前おいていけるわけ…」
「いいから!早く!」

は真っ直ぐな視線で、きつくそう言う。

「くそっ!」

流石の桃城も、にそこまで言われてしまっては一人で先に進むしかない。 走っていく桃城の背を見守り、は深くため息をつきながら壁を使ってゆっくりと立ち上がる。

「痛っ!…あれくらいで足を挫くなんて、我ながら情けないなぁ」

流石のでも、ズキズキとする痛みでもう走れない。
だけどこれ以上、桃城の足をひっぱるわけにもいかない。 どうしよう…と刻々と迫ってくる追手達にが諦めかけたその瞬間…。

!」
「え?」

の元に走って戻ってくる桃城は、突然を横向きに抱きかかえて再び走りだす。

「ちょっ!なんで?!」
「馬鹿野郎!お前、挫いたんなら言えよな!」
「だ、だって…それじゃあ!」
「友達だろ!」
「っ!桃…」
「それに越前とも約束したからな」
「へ…?」

自分は、のことを守ると越前に誓ったんだ。
誰よりも彼女が心配で、今にも飛び出したい思いを抑えて試合に望むと決めたリョーマのためにも、 桃城はをこの場に置き去りだなんて男としてできるわけがない。
しかし、この場を乗り越えても…流石に、ずっと逃げ続けられるはずがなかった。

「くそっ!」

を抱きかかえたまま走りぬけた桃城だったが、前は行き止まり…。

「追い詰めたぞ!」
「捕まえろ!」
「「!!」」

力強い船員たちが、と桃城の腕を掴みあげて抵抗する二人を捕らえたのだった。


「んあっ!」

スパン!

「ゲーム、越前リョーマ!4-1!チェンジコート」

リョーマの渾身のスマッシュは、綺麗にリョーガの横を抜いて見せた。

「少しはやるようになったじゃねぇか…チビスケ」
「あんたに勝つっていう約束だからね」
「へっ!最後のサイクロンスマッシュには驚いたが…まだまだだぜ」

リョーマの勝気な言葉に、リョーガは楽しげに口角をあげてにやりと笑うのだった。


「なに?!ブレイクされただと!」

リョーガがリョーマにゲームをとられた瞬間、桜吹雪は思わず立ち上がり身を乗り出す。
この最後の試合に負ければ、終わり…破産だとそんな最悪の思考が桜吹雪の頭に過ぎる。

「この試合に負ければ、俺は…ッ!くそ!あいつらは、女一人すらまともに捕まえられんのか!」

人質達は今、桜吹雪の手にいない。 手の打ち様がない桜吹雪が試合を睨みつけながら、ちっ!と舌打ちをすると人質を追っていた一人の桜吹雪の部下が現れ、桜吹雪にこっそり耳打ちをした。

「ん?なに!…わかった」

苦境の表情から余裕の笑みに桜吹雪は表情を変えたのだった。

「やはり、越前リョーマにはわざと負けて貰おう」


「おかえり…お嬢さん」
「っ!」

桜吹雪の部下にロープで手を縛られたは、ドン!と後ろから背中を押され、桜吹雪に突きつけられる。

!」
ちゃん!」

どうやら、再び捕らえられたのはと桃城だけではなかったようだ。
大石や菊丸達も桜吹雪の部下達の手によって再び捕らえられてしまっていた。

「お前だけは絶対に逃がさんぞ」

桜吹雪は、の頭に手をおいてニヤリと勝ち気に微笑むと、無理矢理デッキの方へと連れていく。

「そろそろ決着、つけようよ」
「いいぜ…こい!チビスケ!」

リョーマとリョーガはラケットを構える。 この試合を通じて、互いの過去の記憶が時を得て今と成りよみがえり始めた。 二人には沸き立つ楽しさすら感じさせていたその時…。

「タイム!」

コートよりもさらに一段上のデッキから桜吹雪が、待ったをかけるのだった。

「ん?」

声のした方を見上げた瞬間、広がった光景にリョーマは目を大きく見開いた。


桜吹雪は、の肩を抱いたまま左手でマイクを手に持つ。

「試合中すいません。青学の他の皆さんが船内で迷子になられていたので、私達が保護しました」

桜吹雪が合図をすると、手下の部下たちによってだけでなく、大石や菊丸達もデッキの方に連れてこられた。
試合が中断されたたことにより観客席は何事かと、ざわめき始める。
しかし、桜吹雪はお構いなしにデッキの上からリョーマの方を真っ直ぐに見下ろすのだった。

「越前リョーマ君…これがどういう意味か、分かっているだろうね?」
「……」

は、むすっとした表情で自分の肩を抱く桜吹雪を睨みつける。

「みなさーん!騙されちゃいけませーん!こいつらは!」
「おい!調子に乗るなよ」

菊丸が観客の皆に訴えかける様に大きく声を上げると、それを阻止するかのようにシェフの大徳寺は菊丸の背中にナイフを突き付けた。

「うっ!」
「菊丸先輩!」

の隣で青ざめる菊丸に対して、余裕の笑みで桜吹雪は話を進める。

「皆さん、心配は要りません。改めて試合を再開して下さい」

リョーマはただ何も言わずに怒りを込めた冷たい瞳で桜吹雪達を見上げた。

「…ってわけだ」

そんなリョーマに対して、リョーガはラケットを構えてリョーマに声を掛ける。

「残念だが、八百長よろしく」
「ふーん…。やるんだ」
「いつまでも、だだこねてんじゃねーよ」

リョーマは、眉間にしわを寄せてリョーガを睨みつけた。

「ちょっと見直しかけてたのに…。最低だよ、あんた!」

ベースラインに着いたリョーマは、力強くボールを握りしめる。

「はああっ!」

どうすればいいのか分からないそんな自分の思いをぶつけるようにリョーマは、力強くサーブを打つのだった。


「リョーマ…」

は、激しいラリーが続く中でリョーマが辛そうな思いをしているのが遠くからでもプレーを見ればひしひしと伝わってきた。

「ふん。上出来だ」

余裕な笑みで試合を見る桜吹雪を見て、は、一つの決意を固めた。

「(…よしっ!)」

ガン!

は、隣にいたシェフの大徳寺の足を力の限り踏みつけた。

「っつう!」
「どうした?!」

突然痛がる大徳寺を目にした桜吹雪がから手を離す。
その瞬間、が桜吹雪の手から逃げだし、手すりに背を向けて立つ。

「この餓鬼!」
ちゃん!」

怒った大徳寺がに襲いかかろうとしたその時、コートからリョーガの大きな声が響き渡る。

「忘れちまったのか?!オレンジの木!」
「っ!そういうこと…はぁっ!」

小さい頃、リョーガにテニスボールを当てて横取りされたオレンジのことを思い出したリョーマは、 小さく微笑み、うなずくと…高くボールを空に上げてリョーガにリターンを返した。

「よし!しゃがめ!!」
「…へっ?!」

ナイフをに向けて、前から突っ込んでこようとしている大きな巨体の大徳寺にしか目を向けてなかっただったが、 突如、コートからリョーガに声を掛けられ、どうするか考えるより先に体が動いた。

「きゃっ!」

ドガッ!!

「んごぉああ!」

力強く打ったリョーガのテニスボールは、思わずリョーガに言われたまましゃがんだの頭上をかすめ、ナイフを持った大徳寺の顔面に直撃した。

「あ、あぶなー!」

はぁ…とは、手すりを背にしゃがみこんだまま安堵の息をつく。

「リョーガ…貴様ぁあ!」
「いまだ!」

桜吹雪が怒りの表情でリョーガを睨みつける中、大石達は隙をついて拳銃を手にしていた桜吹雪の部下に攻撃を仕掛ける。

「なにっ!おい!お前ら!」

再び桜吹雪が部下を呼んで、座り込んでいるに手を伸ばそうとした瞬間…。

「んぁあっ!」

コートに落ちていたボールを拾ったリョーマが、桜吹雪の頭をめがけて力強いサーブを打ちあげた。

「んご!」

ドゴッ!

「あ…リョーマ!」

桜吹雪が倒れたことにより、事態を把握したは急いで立ち上がり、真下のコートにいるリョーマを安心した笑みでみつめた。

「はぁ…」

手すりから笑顔で顔を出したを見たリョーマは、息をついた。

ちゃん!」

拾ったナイフで縛られていた手の縄を解いた大石達は、が縛られていた縄を解く。

「ありがとうございます!大石先輩!」
「早く逃げよう!」
「はい!」

が大石達の後ろを追って、走りだそうとすると後ろからの手を倒れていたはずの桜吹雪が掴んだ。

「なっ!」
ちゃん!」

異変に気がついた菊丸達は後ろを振り返る。

「お前だけは、逃がさんぞ」
「…くっ!」

ポニーテールにしていたの髪を上から引っ張りあげようとする桜吹雪。

「いたっ!」

髪を力強く引っ張られたは、顔をしかめるも、ドン!と桜吹雪を手で押し返した。
しかし、渾身の力で桜吹雪を押し返したことにより、の頭に高い位置で綺麗に一つに括りつけられていた赤いリボンがついた髪留めが、の髪から地面に解け落ちる。

「こいつっ!」

執念のように前から襲いかかってくる桜吹雪から、 自分は、今すぐにこの場を逃げなくては、折角脱出できようとしている先輩達も巻き込むと悟ったは、 背後の手すりに背をむけて立つ。

!」

リョーマは、思わず声を上げての名前を叫んだ。

「逃げ道はないぞ…どうする?そこから飛び降りてみるか?」
「…それしか無いみたい」
「しかし、この高さで飛び降りれば、怪我では済まんだろうな」
「それでもこの下には、私を待っててくれる人がいるの」

下ろされた長い髪を風に揺らせたが真剣な眼差しで桜吹雪に頬笑んでみせると、 手すりを跨いで、勢いをつけて蹴り込んだと同時に、手すりにかけていた手を離し、一切、迷うことなく飛び降りた。

「なにっ!」
ちゃん!」
ー!」

誰もが本当に飛び降りるとは思っていたなかったの行動に目を大きく見開いた。 コートが見れるように作られた船の設計上、下手をすれば一番前の観客席に落下してしまう。 だけど…には迷いが無かった。

「リョーマーー!」

落下しながらもは大きく手を伸ばすと、リョーマは持っていたラケットを放り投げて、 落ちてくるに駆け寄る。

!!」
「チビスケ!」

に駆け寄ろうとしていたリョーガの横を追い抜いて、 リョーマが手を広げると、自分の方に手を伸ばして落ちてくるを力強く抱きしめた。

「リョーマ!」

自分の腕の中に落ちてくるが名前を呼んだと同時に、懐かしい幼い記憶までもがリョーマの中に流れ込んできた。

「…っ!」

オレンジの木に登り、降りられなくなり、今と同じように長い髪を揺らしながらも泣きじゃくる白いワンピースを着た幼き少女。 そんな少女を今と同じように、受け止めた記憶がリョーマの中でよみがえると共に、 重力がかかったを抱きしめたまま、リョーマもコートに倒れ込んだ。

ドサッ!!

「って…」

頭を押さえつつも、それほど痛みが無いことにリョーマは気付く。

「大丈夫か?!チビスケ!!」

どうやら、上から落ちてきたを抱えたリョーマが倒れ込む直後に 衝撃を減らすためにリョーマ達の体をリョーガが背後から支えてくれたようだ。 リョーマはを腕の中に抱きしめたままゆっくりと体を起き上がらせる。

?」

顔を上げないを心配そうにリョーマが覗き込むと、 は、涙をためてリョーマの胸元に抱きついてる。

「め、めちゃくちゃ、こわかった…!」
「…無茶しすぎだから」

泣きじゃくるの後頭部をリョーマは優しく撫でる。
そんな二人の様子を見たリョーガは、安心したように安堵の息をついた。

「しかしお前、あの高さをよく飛べたな」

リョーガが関心したように、泣きじゃくるを目にしてそう言うと、 リョーマは、ムッとした表情でリョーガを睨みあげた後、に鋭い目を向けた。

「褒められることじゃないから…、なんでこんな危険なことしたわけ?」
「だって…信じてたから」
「え?」
「リョーマが私のこと信じてくれたから…私もリョーマのこと信じてたの」

リョーマなら、きっと受け止めてくれると思ってた。 リョーマが居てくれたから絶対に、大丈夫だっていう自信が持てたのだ。

…」

流れ出てるの涙をリョーマは、そっと優しく指で拭った。

「おチビー!!」
「二人とも大丈夫か?!」

上から聞こえてくる先輩達の声に、リョーマとは顔を上げた。

「大丈夫っス!」

リョーマが大きく声をあげて返事を返すと、桃白達だけではなく、リョーマ達の近くに居た不二達も安堵の息が出た。


「くそーっ!」

悔しそうにしつつもまだ、リョーマが打ったボールの後遺症で正常ではない桜吹雪を差し置いて、菊丸達も急いでその場から逃げるのだった。

「大石!今のうちに!」
「ああ!」

上の方で菊丸達が走りだしたのを見ると、不二と手塚も顔を見合わせて菊丸達の方に向かおうとする。

「不二先輩!」
「越前?」
「……」

じっと見つめるリョーマに対して、リョーマの言いたいことを理解した不二は、優しげに微笑んだ。

「分かった。任せといて…行こうか、ちゃん」
「え…でも」

不二に手を握られたは、戸惑いながらリョーマを見つめる。 すると、リョーマはに近づいての耳元で、優しく呟いた。

「勝ってくるから」
「!リョーマ…頑張って」

は、不二と手塚と共にコートを後にした。空の雲行きは、どんどん暗くなっていくのだった。